(2013年8月1日掲載)
|
|
新しい急性期病院の形
福島県では、医療提供体制の整備に係る課題の一つとして、救急医療提供体制の充実が挙げられていますが、先生はこのことについてどのようにお考えでしょうか
そうした取り組みで、現在、私が関わっている地域の一つに田村郡があり、その中の三春町には町が開設者で当法人が指定管理者として病院運営を行う公設民営方式の三春町立三春病院があります。この地域には、当法人が指定管理者になるまで初期救急医療提供体制の確保がされていなかったことから、患者さんたちは、距離の離れた郡山市まで通わなければいけない状況にありました。そこで、当法人が指定管理者になって以来、地域の全体像を考えながら、施設計画、人の教育や配置、各機関への協力の要請を行ってきたのです。その成果として、住民の方の「地域で診療を受けたい」という思いに呼応する形で、田村郡医師会の先生方による輪番制の整備や、三春町内の開業医の先生方による協力を受けることができるようになりました。そして現在では三春病院が地域の初期救急医療を提供する役割を果たせるようになりました。このように体制を確保する取り組みは決して簡単なことではないのですが、これからはこうした体制の維持にも協力して取り組んで行きたいと思います。
第二次救急医療機関として救急医療の充実を図られたポイントについて教えていただけますでしょうか
これからの時代、当院のような急性期病院には、第二次救急医療機関として救急機能の充実を図ることに加え、救急患者さんの受入体制を強化していくことが必要だと考えています。ここで大切なのは受け入れる患者さんが全て二次救急とは限りませんので、一次救急や三次救急にも対応できる「マルチな入口・マルチな出口」というのが必要で、その受入体制をしっかりと整える必要があるということです。このため当院では、新病院の建物もさることながら仕組みの問題として、建物、IT、教育、人員の配置まで、全て一体のものとして考えながら、私たちの持つ限られた資源をどのように活用し、私たちの持つ能力をどのように最大化するか、ということを大きな課題にしてきました。
新病院の建物は、病棟と外来棟を別棟にした分棟型です。分棟型という形をとった理由には大きく2つあります。1つ目は、建物の一階部分からはじまる病棟を造ることで、より充実した療養環境を得ることができるからです。そして2つ目は、ヘリポートの設置を前提としたとき、外来棟と病棟をそれぞれ独立させたほうが機能的だからです。そうすることで、外来棟に診療機能を集中させ、施設的な救急機能の強化を図りました。
具体的な外来棟の構造については、迅速な救急対応を行うため、各階の垂直面と水平面のアクセスを十分に考慮し、1つの専用エレベーターで5階の屋上ヘリポートから1階の救急センターまでを1つの動線でつなぎました。各階の構造としては、4階にスタッフ専用フロアを設置し、3階は手術室、X線血管撮影室、カテーテル室、ICU・CCUなどを隣接させ、2階と1階は検査室や外来診療室をメインにしました。また、1階の救急搬送口からつながる救急センターには、救急専用ベッドを備えた救急専用病床を設置し、CT室やMRI室を隣接させてより機能的な流れを作りました。救急専用病床の設置は、第二次救急医療機関としてできるだけ多くの救急患者さんを受入れ、迅速な対応を行うためだけではなく、病棟の療養環境をしっかり保つ意味でも大きな役割を担うことになります。例えば、落ち着いた病棟環境を保つためには、夜間の救急入院による病棟移動をなくし、できるだけ病棟運営に影響を与えないような仕組みを作ることが大事です。このため、救急専用病床を夜間の救急入院用として使用し、翌朝になってから病棟へ移動していただくようにしています。このような仕組みは、入院患者さんをしっかり見守ることにもつながっています。私は、10年以上前から病院建築の分棟型を提唱してきましたが、今回の新病院では、その分棟型を最大限に活かした構造にするため、詳細に至るまで十分に検討を行いました。
ヘリポートの設置についてはどのような考えをお持ちでしょうか
福島県では、福島県立医科大学において、平成20年から東北地方で初めてとなるドクターヘリの運航を開始しています。しかし、県の中心地の一つである郡山地区には、いつでも離発着できるヘリポートがありませんでした。このため、今までは臨時ヘリポートとして指定された場所を離着場所としてきましたが、離着準備にはたいへんな労力が必要なことや、そこから第三次救急医療機関へ搬送する距離が長いこともあり、郡山地区にヘリポートの必要性を感じていました。
当ヘリポートは、設置するにあたり建物や設置場所の強度、大きさ、照明まで、安心して利用していただけるように検討しました。また、ドクターヘリだけではなく、消防防災ヘリにも対応できるようにしましたので、24時間365日さまざまな場面での活用が可能です。さらに、外来棟の屋上ヘリポート直結型にしたことで、今後の活用範囲は相当程度広がると期待しています。このような利点を考えると、当院のスタイルは今後の急性期病院の標準的な形になっていくのではないでしょうか。当ヘリポートを十分に活用させるためには、具体的に私たちだけが使用するのではなく、地域の中でどんどん活用方法を開発して行きたいと思っています。そうして我々の想像を遥かに超えた形で活用され、そのパフォーマンスを皆さんに見ていただくことも重要なことになります。こうしたことで、当院が、救急搬送体制を強化するためのネットワークを広げる一助になり、このようなスタイルが各地に普及されると、非常に短期間で救急機能を皆が享受できるような地域が実現できると思います。
災害に強い病院造り
東日本大震災の経験が活かされた部分も多いそうですが
将来を見据え、安心と安全を考えた病棟のスタイル
病棟の構造も特徴的ですが、そこには先生のどのような想いがあるのでしょうか
このような構造にしたのは、患者さんとスタッフがいつでも相互に目を配れ、見守りやすく安心できる療養環境を実現したかったからです。実は、患者さんがナースコールを鳴らす理由には、「不安だから」あるいは「さみしいから」という理由が多く、当院のような構造にするとナースコールの回数が減少するといわれています。今とは違い、比較的大部屋が良いとされていた時代は、現代ほど疾病の重症度も高くなかった時代で、患者さん同士が病室内でコミュニケーションを図りながら入院中の不安や寂しさを紛らわすことができていました。しかし、時代の流れと共に、疾病の重症化が進み、医療の質が上がることで機械化が進むに従い、プライバシー確保の意味からも個室化が進みました。その結果として、周りの人たちの見守りの目がどんどん少なくなったことはとても怖いことで、患者さんにとっては堪らない環境になってしまったのです。このような変化の中で、私は、今後もどんどん進む重症化、機械化、個室化という環境に十分対応できるぐらいの人間関係を作りたいと思いました。そしてそれを叶えるために考えたのが、このような病棟の構造でした。
私は、療養中の患者さんにとって一番必要なのは、人の動きや息づかいを感じ、誰かがそばにいてくれている安心感が得られる環境だと思います。そしてそれは、ご家族にとっての安心にも繋がると思うのです。例えば、面会に来たご家族は、帰り際にスタッフ・ステーションを覗き、忙しそうにしている看護師さんに「お願いします」と声をかけ、看護師さんが「はい、お疲れ様でした」と返事をしてくれるけど、果たしてどのぐらいしっかりと見ていてくれるのかな、と不安に思うかもしれません。私はこのように不安を抱えたままスタッフ・ステーションを背中に帰るのではなく、常に「見ている」「見られている」「感じられる」という安心感を持っていただける環境が大切だと思っています。もちろん、最初の頃は、このような構造に対する反対意見もありましたし、入院を控えた患者さんからは「見られたくないな」「音がうるさいのではないか」という声もありました。でも現状では、スタッフ・ステーションから直接目の届かない4部屋のほうが人気はなく、入院中の患者さんからは「安心感がすごく大きい」という声をいただくことができています。
新病院は、お話した以外にもたくさんのアイディアや想いが詰まった施設になっていて、これらすべては、長年、私が考えてきたスタイルであり、「今」というよりも「5年後」「10年後」にさらに進んでいき、将来、当院は全ての病室が個室になっていくと思います。患者さんの重症度はさらに上がり、今よりもっと多くの機械を抱えるようになるでしょう。それでも患者さんの意識はあり、目で看護師さんの姿を追うのです。そうなったときにも、スタッフたちがしっかり患者さんに目を配りながら「ちゃんと見ているよ」というサインを送る。こういう人間関係や環境を作っていきたいと思っています。
「おらが病院」には、「自分たちの」という意味があります。それは職員にとって「自分たちの病院」でもあり、「自分が利用したい病院」「自分たちの家族に利用してほしい病院」というように、自分たちがある種の責任を果たしながら形作っていく病院です。当法人の伝統的思想を基本コンセプトに、地域の皆様に愛され、安心して利用していただける病院を目指し、職員全員が同じ想いの元で形にしていきます。
今夏開設した隣接地内の看護学校にはどのような特徴があるのでしょうか
今年の7月、隣接地内にポラリス保健看護学院も新築移転しました。看護学校というと、本来は看護基礎教育で看護師を養成する教育機関としての機能しか持っていませんが、本学院では、それと同時に(※1)スキルス&ITラボラトリーとしても使用できるような設備を整えました。実際、看護実習室は年間使用時間で50~100時間程度しか使用されません。だから本学院にこうした機能を整えたのは施設の有効活用と教育機能の充実を熟考した結果なのです。このため本学院には、医療に必要なあらゆる設備を導入し、発電機、水、酸素などはすべて病院と別系統にしました。この施設も東日本大震災の経験が一つのヒントになっていることから、その分だいぶ重装備になってしまったのですが、グレードの高い施設であることでさまざまな活用の可能性が広がります。
近年、(※1)スキルス&ITラボラトリーが徐々に開設され始めましたが、そのほとんどは病院内を利用していることから、設備や各エネルギーの系統に制限があります。このような点では、本学院のように看護学校がシミュレーション教育の機能を持っていて、あらゆる設備を別系統にした施設は、日本で唯一ではないかと思います。例えば、発電機を入れたことで、停電に備えたシミュレーションを行うことができます。多くの人は、一生の内で停電の経験をすることはないのかもしれませんが、この経験がないと、実際に停電が起きた途端に動けなくなる、パニックを起こす、という状況になりかねません。しかし、それによって失われる命があってはいけないのです。ですから私たちは、本来、医療従事者としてこのような不測の事態に備えた勉強をする必要があります。当院ならではの環境を十分に活用し、さまざまなシミュレーション教育を積むことで、本来取るべき行動を学びながら、課題をみつけ、話し合うことが大きな経験になると思います。本学院は、我々職員が研修をする場所になるだけではなく、地域のあらゆる医療従事者方のトレーニング場所として使用していただきたいと思っていて、そうすることで地域の医療レベルを上げていく一つのテコにしたいと考えています。「教育」というのは大きなテコであり、大きな力があります。引っ切り無しに人が出入りして、24時間誰かが居る施設環境を実現させたいです。
今年度も初期研修医の充足率が100%と伺っておりますが、先生は初期研修医の皆さんにどのようなことを期待されていますか
当院の特徴は、施設環境や最新の医療設備もさることながら、連携施設という様々な医療資源を活かした研修ができることです。連携施設には、精神科急性期疾患・認知症に対応する星ヶ丘病院や地域医療機関である三春町立三春病院、そして今年4月に訪問診療の拠点として開院した、ほし横塚クリニックがあります。研修医の皆さんには、このような医療資源を遠慮なく活用し、多くのことを学んでいただきたいです。また当院では、昔から指導医の先生方による指導の元、研修医の方にあらゆることを経験していただいています。その代り、そこには研修医自らの「自分がやりたい」という意思表示がなければ経験させることはできません。研修プログラムには、決められた到達目標が設定されていますが、その中にあっても「自分はこういうことを若いうちに一度経験してみたい!」とか、「こういうことをマスターしたい!」という目標を持ち、積極的な姿勢で取り組んでいただくことがとても大事なことです。 そして、研修医2年目になった時には、「他の医療従事者に対するある種の協力に一緒に関わることができるか」、「1年目の研修医にきちんと教えてあげることができるか」ということがさらに大事なことになります。「教えることは最大の学び」です。一方的に教わるだけではなく、自ら学び、教えるという意識も持って、日々取り組んで欲しいと思います。このような意識を持ちながら、経験を積んで行く日々が、2年間の研修生活を充実したものとし、本人の自信に繋がっていくと考えています。地域での役割
これからの地域医療の在り方について、どのようにお考えでしょうか
※連載・医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。
プロフィール
星 北斗氏 (ほし ほくと)
役 職 (2014年8月1日現在)
公益財団法人星総合病院理事長
出 身
福島県
89年 東邦大学医学部 卒業
略 歴
89年 4月 医系技官として旧厚生省入省
秋田県、労働省出向を経て健康政策局勤務
96年~ 米国留学後、98年退官
3月 財団法人星総合病院副理事長就任
4月 日本医師会総合政策研究機構主席研究員
99年 ポラリス保健看護学院学院長
2000年 4月~04年3月
日本医師会常任理事
05年 5月~
福島県医師会常任理事
06年 4月~
郡山医師会理事
08年 12月 財団法人星総合病院理事長就任、現在に至る
〒963-8501
福島県郡山市向河原町159番1号
TEL:024-983-5511
FAX:024-983-5588
URL:公益財団法人 星総合病院 ホームページ
より大きな地図で 公益財団法人 星総合病院 を表示
◆用語解説◆
臨床技能教育を効果的に行なうために、実際の医療現場を模した設備、医療機器、備品を整備した各種の疑似環境を学習者に提供し、卒前及び卒後の教育プログラムの中で活用したり、自主学習に役立てたり、広範囲な臨床技能が学べる施設環境。
2016.01掲載号~ 2014.10~2015.12掲載号 2013.07~2014.09掲載号
2012.04~2013.06掲載号 2011.09~2012.03掲載号