情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2013年10月1日掲載)

公益財団法人星総合病院
看護師 認定遺伝カウンセラー 赤間 孝典 氏


「認定遺伝カウンセラー」への期待

 平成17年4月1日、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会の協同認定としてスタートした制度で、138名(2013年2月現在)の認定遺伝カウンセラーが誕生している。その活動の幅は広く、医療機関や関連分野など多くの場所で活躍が期待されている。今回は、一般の看護師として公益財団法人星総合病院に勤務しながら、認定遺伝カウンセラーとしての役割も果たしている赤間孝典氏に話を伺うことにした。赤間氏は、遺伝性疾患の患者さんを支援することはもちろん「東北地方出身の認定遺伝カウンセラーとして、東北全域に遺伝医療を広める役割を果たしたい」と語る。


遺伝医療と認定遺伝カウンセラー
遺伝医療が注目されてきたなかどのような考えをお持ちでしょうか

 私は、今後の医療には遺伝情報が不可欠になると考えています。医療の細分化が進んできたことで見えてきた、統一されたキーワードは「遺伝医療」だと思います。その理由は、わたしたちの染色体上に存在している遺伝子に、わたしたちの体質の差を決定する情報が含まれているからです。遺伝子というと、よく聞く言葉にDNA(デオキシリボ核酸) がありますが、これは遺伝子の遺伝情報を伝達する物質です。このDNAは、糖・リン酸・塩基からなるヌクレオチドという分子が二本のらせん状につながった非常に長い分子なのです。そして、DNAの二本のらせん状構造の内側では、塩基が対になって連なっており、この塩基の並び(塩基配列)が遺伝情報と呼ばれるものなのです。この塩基の並びは、約99.6 ~ 99.9 パーセントが共通で、個人により異なる箇所は約0.1 ~ 0.4%といわれています。実は、この0.1 ~ 0.4%のわずかな違いが、一人ひとりの体質の違いを生んでいるのです。例えば、同じ薬剤を投与しても、効き目がある人とない人に分かれるのは体質の違いよるもので、この体質を決めている大元が遺伝子です。遺伝子をひとつのキーワードにしたとき、疾患の原因は遺伝子レベルで解明されていき、これまでの大衆医療から個の医療(オーダーメード医療)へ本格的にシフトしていくと思います。そうなれば、患者さんが感じる「どうして私が病気になったの?」「なぜ?」という疑問に答えることが可能になるかもしれません。近年、遺伝医療は、研究段階から臨床現場へ導入されています。それを考えると、今後は、患者さんに納得していただける医療を提供するため、遺伝カウンセリングを通じて、患者さんと一緒に一つひとつの問題を明確にしながら、患者さんご自身で選択できる医療の道や見通しを作る必要性が求められてくると思います。 

認定遺伝カウンセラーの資格について、また目指されたきっかけを教えてください

 認定遺伝カウンセラーは、平成17年からスタートした日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会という2つの学会が認定する資格です。日本人類遺伝学会は、遺伝医療界の中で一番大きな学会になります。この学会の理事長である福嶋義光先生は、日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」作成にも携わった先生で、信州大学医学部 遺伝医学・予防医学講座教授兼信州大学医学部付属病院 遺伝子診療部の部長(小児科医)でもあります。
 私は、看護学生1年目のとき、福嶋義光先生が出演されていた、遺伝カウンセリングの仕事を紹介するテレビ番組を拝見するや否や、その場で、遺伝カウンセラーになろうと思いました。しかし、当時は、遺伝学の専門知識を持った医師による遺伝カウンセリングが行われており、日本には認定遺伝カウンセラーの養成過程はありませんでしたので、その養成課程ができるまで看護師の仕事をしていました。また、その当時の私には、日本の遺伝医療の中心は腫瘍(がん)遺伝領域ではなく、小児科領域、産科(周産期)領域、神経内科領域が中心だという認識がありました。このため、私は将来を考えて最初の勤務先に小児科を希望しました。しかし、残念ながら男性看護師を小児科や産科に配属していただける例は少なく呼吸器科に配属されました。そこで接する機会が多かったのが肺がんの患者さんでしたので、それから今日まで、腫瘍(がん)の患者さんを中心に関わることになりました。そうしているうちに、信州大学に念願の遺伝カウンセリングコースができ、憧れの福嶋義光先生の下で学ぶことになりました。


 日本の遺伝医療は、腫瘍(がん)遺伝領域の拡大が他の領域より遅れをとっていて、つい10年前ぐらいまで、がんが遺伝継承するわけがないと考える医療者が多かったようです。このため、特に小児科領域や産科(周産期)領域が牽引してきた様相が目立ちます。このような理由から、2013年2月現在の認定遺伝カウンセラー資格取得者は全国で138名いますが(認定遺伝カウンセラー制度委員会のHPより)、そのほとんどが、生まれつきの障害(先天異常、先天奇形)や習慣流産(いわゆる不育症:3回以上繰り返す流産)を対象とするような大学病院やこども病院、不妊クリニックなどを就職先として活躍しています。
 現在、東北・北海道地区の認定遺伝カウンセラーは合わせて5名で、福島県には私1人です。幸い私が勤める星総合病院は遺伝外来がありますが、まだ、ほとんどの病院には遺伝外来がないため、東北・北海道地区では、患者さんをサポートするための遺伝子診療体制がこれからの段階だと言えます。こうしたことから、私たち全国の認定遺伝カウンセラー同士が連携することで、遺伝子診療の普及・啓発に繋がるようなシステムを作ることも必要だと思っています。認定遺伝カウンセラーの職種や活躍の場はさまざまですが、私は、一人でも多くのスタッフに遺伝医療を知ってほしいので看護師職を通し、実践しています。

東北地方における「家族性腫瘍(がん)familial tumor (cancer)」の遺伝子診療の拠点
貴院の「がんの遺伝外来」はいつごろ開設されたのでしょうか

 当院のがんの遺伝外来は、前・家族性腫瘍研究会幹事世話人で当院の外科医(乳腺専門医)の野水整先生が1991年に立ち上げました。当院は、家族性腫瘍ネットワーク東北地方拠点施設になっており、遺伝子情報を適切に医療現場に生かす遺伝子診療を全国に先駆けて行っているため、全国の医師から患者さんの紹介があります。野水整先生は、がんの遺伝外来を立ち上げる以前から約30年間、主に大腸がんや乳がんなどの遺伝性腫瘍の研究、診療、そして啓発活動を行ってきました。当院では、これまで野水整先生がたくさんの患者さんの診療を行ってきた経験と、東北地方をはじめ日本全体の遺伝子検査を行ってきた経験を生かした診療をしています。 

 私は、現在、看護師として病棟看護業務や救命救急の看護の仕事をしながら遺伝外来に関わる仕事をしています。最近では、2011年から家族性腫瘍(癌)学会認定の家族性腫瘍コーディネーター(※)という資格認定制度が開始され、当院でも、数名の看護師が資格取得のためにセミナーに参加しています。資格取得後は、遺伝外来のメンバーとして、力を貸していただきたいと思っています。私は、これまでの勤務先で腫瘍(がん)に関わってきた経験がありますので、東北地方における腫瘍(がん)遺伝医療の発展に貢献している野水整先生の下で、遺伝カウンセリングのベースをつくるための勉強を続けていきたいと思っています。

貴院の「がんの遺伝外来」では、どのような診療が行われているのでしょうか

 当院が診療を行っている家族性腫瘍(がん)familial tumor (cancer)とは、腫瘍(癌)の家族集積または家系内集積とも呼ばれています。腫瘍(がん)の種類はさまざまでも家系内に罹患者が多くいる場合、遺伝性による発生が疑われます。ただ、遺伝性ではなく環境曝露による場合もあります。家族性腫瘍(がん)は、若年発症・多重癌・両側がんなどが特徴です。たとえばその一つに、遺伝性乳がん卵巣がん(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOC)があります。この病気は、2013年に病気を発症する前に乳房切除手術を受けた、アンジェリーナ・ジョリーさんが診断された遺伝性のがんのことです。一般よりも若くして乳がんや卵巣がんを発症する確率が高く、その他に、卵管がん、原発性腹膜がん、男性乳がん、前立腺がん、膵がんも関連がんなんです。さらに、両側性が多かったり、最近ではトリプルネガティブ乳がん患者さんの中に、このHBOCによる乳がんが多く含まれているとも考えられてきました。ですから、もしもこれらのがんをいとこなどを含めた血縁者で複数の人が発症している家系の場合には、当院「がんの遺伝外来」や、全国の遺伝子診療を行っている診療科へ一度ご相談いただいたほうがよろしいと思います。当院のがんの遺伝外来は完全予約制で(毎週水曜日の午後)、主に遺伝性腫瘍(がん)が疑われる患者さん及びその家系の方の、遺伝相談やご希望に応じた遺伝子診断を行っています。 
 遺伝子検査は、遺伝カウンセリングを何度も繰り返して、希望者の方が検査の意味や疑われる疾患についてほんとうに理解しているかを確認してから行うのが通常の流れです。あくまでも遺伝性腫瘍(がん)を個別に評価して、適切な人に遺伝子検査をすすめ、そうでない人にはおすすめしません。当院の遺伝カウンセリングは、まず、担当医の野水整先生によって行われます。遺伝カウンセリングでは「遺伝とは何か?」というところから説明をはじめ、その上で疾患のお話をしていきます。また、入院患者さんに遺伝性腫瘍(がん)が疑われる場合は、担当医から遺伝外来へ予約が入ります。入院患者さんへの家族歴聴取は、看護師の仕事の一つとして全国の医療機関で必ず行っていることですが、当院では、私が担当させていただけるときには、ある程度の遺伝カウンセリングの要素を聴取のなかに含ませていただいています。 


「がんの遺伝外来(星総合病院)」での仕事内容


理解が必要となる遺伝情報の特殊性
遺伝医療では、心理的なサポートが非常に重要と聞きますが

 認定遺伝カウンセラーには、遺伝医学情報を提供するだけではなく、患者さんの立場に立った問題解決の支援や心理的サポートを行う技術が必要とされます。例えば、一般的な外来診療は、通常1外来診療あたり10数分という時間内で行われていますが、遺伝カウンセリングが扱う内容は、遺伝情報という高度に倫理的な内容が含まれますので、時間をかけたカウンセリングが必要です。なので、多忙な医師とは独立した専門職の遺伝カウンセラーの存在は重要となり、患者さんにゆっくりとした気持ちで話を聞いていただくためにも、通常の外来とは別に遺伝外来が必要だと思います。 
 遺伝医療は、「遺伝継承」と「遺伝子の多様性」(生物は同じ種の中でも遺伝的背景に違いがあり多様であること)という2つの概念を合わせ持っています。「遺伝継承」に関わるところでは、遺伝情報の特殊性として、①生涯不変の「不変性」②血縁者で同じ情報を共有している「共有性」③将来の発症をある程度予測できる「予測性」があり、これらをよく理解してもらうことが大事です。特に、成人であれば、がんや突然死に関わる疾患、小児領域では遺伝性(家族性)難聴などにも遺伝医療の果たす役割は大きくなります。大まかな言い方ではありますが、この特殊性を理解することにより、罹患する可能性がある疾患での死亡率の減少や、その確率を共有する親族の健康維持、また命を永らえることに役立ちます。「遺伝子の多様性」で、たとえば薬剤に関するようなところでは、これにより体質が違う個々人に対して薬剤投与前に重篤な副作用を推測し、薬剤の種類や用量を決定することなどに役立ちます。

 しかし、遺伝情報の特殊性は、遺伝子検査を受けた方にさまざまなかたちで心理的負担を生む可能性があります。①「不変性」は、遺伝情報は一生涯変わらない情報なので、一度調べると、それがよくない情報(結果)だったとしても、見なかったことにしたり、次回の検査結果に望みをつなげたりすることができません。②「共有性」は、自分ひとりが行った遺伝子検査により、検査を受けていない血縁者たちの遺伝子変化まである程度の確率として判明させることにつながります。それは、自身が検査結果を受け止める余裕がない状態であっても、同時に血縁者たち全員の検査をも請け負ったという負担の要素になりえます。③「予測性」は、遺伝子に変化が認められた場合、自分だけではなく、親、きょうだい、子ども、孫、親戚、さらに親戚の子供まで、将来発症する疾患を予測できる可能性になります。これは、現状で何も健康不安を抱えていない人たちに、突然、その疾患の高い発症率を明らかにさせるという負担の要素になることがあります。このようなことから、通常の血液検査のようなご自身の健康状態の結果として得られる医療情報とは全く異なるということを、よく理解していただかなければいけないのです。

遺伝医療に関わる情報をどう受け止めていただきたいと思いますか

 現代は、2人に1人が、がんに罹患するといわれ、身近にがんの患者さんがいる、というだけで不安になる方も多いと思います。このような時代のなか、メディアを通した情報からさらなる不安要素が生まれることもあると思います。最近では、乳がんの予防的切除(リスク低減手術)の話題が大きく報道されていました。でも、遺伝性乳がんで予防的切除が適応(検討)となるタイプは限られていて、予防的切除の有効性が証明されていないタイプの乳がんもあります。ですから「乳がんを心配する人は誰でも遺伝子検査をすればいいじゃないか」とか「遺伝子変化があれば予防的切除をすれば安心」ということではありません。メディアを通した情報や知識となると、どうしても偏見がある場合もあります。大切なことは、まず、遺伝外来や遺伝診療部のある医療機関に相談していただくことです。そこで私たちは、遺伝性疾患のリスクがある方にはリスクの説明をきちんと行いますので、社会の情報によって、リスクがない方まで混乱させるような状況をつくってはいけないと思います。 
 腫瘍(がん)遺伝領域をやる意義は、若年性のがんによる死亡を減らすことや、がんの早期発見・早期治療につなげるという、日本のがん対策の重要な柱の一つでもある「がんの二次予防」そのものだと思います。ただ、遺伝情報の特殊性による問題点や腫瘍遺伝ならではの問題も多数存在しますので、守るべきものと広めるべきもののバランスを、皆でよく理解していけるような社会を目指し、それに沿った医療体制を整えていかなければいけないと思います。

患者さんをサポートするために
疾患の可能性を持った方や発症した患者さんのサポートはどのようになっているのでしょうか

 平成20年4月より、遺伝子検査に伴う遺伝カウンセリング(月1回)について、十分な経験を有する常勤医師が遺伝カウンセリング行った場合、遺伝カウンセリング加算が一部の遺伝子疾患(13疾患)の遺伝学的検査保険収載(遺伝カウンセリングも同時に患者1人につき、月1回、加算)が認められ、2010年には2疾患が追加され15疾患となりました。また、2012年には、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー、福山型先天性筋ジストロフィー、栄養障害型表皮水疱症、家族性アミロイドーシス、先天性QT延長症候群、脊髄性筋萎縮症、中枢神経白質形成異常症、ムコ多糖症I型、ムコ多糖症II型、ゴーシェ病、ファブリ病、ポンペ病、先天性難聴、など36疾患が遺伝医学的検査保険収載されました。

ただ、腫瘍(がん)遺伝に関しての遺伝子検査は、現在もほとんどが自費検査ですので、現状では遺伝子検査よりも家族歴聴取のほうが力を持っていると私は思います。当院では、患者さんの疾患に合わせたサーべイランス(Surveillance)(継続的な観察:疾患の情報収集)に従い、十分に時間を取りながらサポートしています。私たち医療者側が、医療として提供できるものもたくさんありますが、患者さんが結果を受け止め、選択し、決断していく過程で支援し続けることがとても重要だと思っています。疾患が発症する程度には、遺伝子自体または何らかの変化の仕方によって個人差があり、私たちは、患者さんの選択や決断の先まで予測することはできません。それでも、患者さんの「ほんとうの声」を大事にしながら自己決定していけるように支援していきたいと思っています。 
 それから、支援していくなかでは「患者会」の存在も大事だと思っています。ただ、遺伝性腫瘍(がん)の患者会や(患者)家族会は全国的にとても少ないのが現状で、東北地方には一つもありません。そこで、今年に入ってから、私は患者会を企画してみたのですが、なかなか皆さんの都合が合わず、会として成り立たせることの難しさを感じました。そこで、まずは遺伝外来の日を利用して、外来終了後にお茶会を開くなど、少しずつではありますが交流の場を増やしていけるように考えています。そして近い将来、患者さんを支える何らかのコミュニティをつくることができるように、その一歩を踏み出したいと思っています。


※連載・医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
赤間 孝典氏(あかま よしのり)

役  職 (2014年10月1日現在)
 公益財団法人星総合病院 病棟看護師

出  身
 宮城県
 
資 格 等
 看護師
 認定遺伝カウンセラー
 


公益財団法人 星総合病院
 〒963-8501
 福島県郡山市向河原町159番1号
 TEL:024-983-5511
 FAX:024-983-5588
 URL:公益財団法人 星総合病院ホームページ





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◆用語解説◆

(※)※家族性腫瘍コーディネーター

家族性腫瘍コーディネーターは、日本家族性腫瘍学会の会員で本学会が年に1回開催する「家族性腫瘍セミナー」を受講し所定の単位を取得した者に対して家族性腫瘍に関する自己研鑽の証明として授与する称号である。(日本家族性腫瘍学会家族性腫瘍コーディネーター・家族性腫瘍カウンセラー制度規則 第2章 家族性腫瘍コーディネーター・家族性腫瘍カウンセラー制度(定義)第 4 条より引用)
リンク:日本家族性腫瘍学会ホームページ

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