情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2013年12月1日掲載)

一般財団法人太田綜合病院附属太田西ノ内病院
周産期センター長 田中 幹夫氏


綜合病院の強みを生かして女性をサポートする
地域周産期母子医療センター

 福島県の周産期医療提供体制は、総合周産期母子医療センター(福島県立医科大学附属病院)、地域周産期母子医療センター(県内5病院)、周産期医療協力施設(県内4病院)が中心となりその役割を担っている。今回は、地域周産期母子医療センターの一つとして指定を受ける、一般財団法人太田綜合病院附属太田西ノ内病院の周産期センター長、田中幹夫先生に話を伺った。同院は、現代女性の妊娠・出産傾向から心配される合併症などのリスクに対して、救命救急センター、NICU、ICUなどを備えた地域の中核病院として各科連携した診療を行っている。


妊娠・出産の変化
現代女性の妊娠・出産の傾向はどのようになっているのでしょうか

 現代女性の妊娠・出産傾向はとても若い年齢か35歳以上の高い年齢で初産をされる方が増えました。特に、高年齢(35歳以上:以下同意)出産の増加は、女性が仕事においてキャリアを積んでから結婚・出産を望む晩婚化傾向や早めに結婚しても先の理由から出産までに高年齢になるなどの社会的背景の変化が影響しているようです。妊娠・出産のリスクが一番少ない年代は20代から30代前半ぐらいまでといわれ、高年齢になるほど妊娠率の低下やさまざまな合併症のリスクが高くなります。皆さんの中には、お産に対して「簡単なことではない」というイメージを持っている方も結構いらっしゃるとは思いますが、

「分娩は怖いもの」という十分な感覚を持つ方は少ないのではないでしょうか。ただ、実際に凡そ9割の分娩はリスクが少ないため、それが当たり前と捉えられてしまうことは仕方ないのかもしれません。しかし、妊娠や分娩が生理的なことであっても、妊娠前まで全く健康不安がない方でも、ある枠を外れると、場合によっては重大な結果を招く可能性があることを認識しておいていただきたいと思います。我々産婦人科医の願いとしては、「リスクの少ない年代でお産していただく」、そうあることが理想でもありますので、積極的な啓発活動を行う必要があると受け止めています。 

周産期医療
合併症のリスクにはどのようなものがあるのでしょうか

 臨床医学的、産科学的、社会的異常が認められ、母子、胎児・新生児のいずれか、または両者に重大な予後(危険性)あるいは疾患を発生させる確率の高い妊娠をhigh risk pregnancy (ハイリスク妊娠)といい、その分類の一つに妊娠合併症があります。
 こうした問題となる妊娠合併症として最近増加しているのは、前置胎盤などの胎盤異常をはじめとする妊娠異常症、そして(※1)妊娠高血圧症候群、糖尿病合併妊娠、膠原病合併妊娠などの内科的外科的妊娠合併症です。その中でも特に糖尿病合併症の増加が目立ちます。糖尿病合併症には、糖尿病を持った方が糖尿病をコントロールしないまま妊娠してしまう糖尿病合併妊娠と、妊娠した時点で何の合併症も持たない方が妊娠という負荷がかかることで耐糖能異常が発症する、または発見され発症に至る妊娠糖尿病があります。

これらいずれの場合も胎児・新生児に異常が出る危険性が高くなりますので、糖尿病の方は妊娠前にコントロールをしていただきたいですし、妊娠糖尿病と診断された方はすぐに治療を開始していただきたいと思います。また、この他の妊娠合併症にも、高血圧症や腎症をはじめ偶発合併症のリスクを高くする疾患は多岐に渡っていて、多くの場合はもともと持っていたこれらの素因に環境因子が加わることで疾患を発症するといわれています。これらは重症化すると非常に重篤な合併症を引き起こすこともありますので、しっかりとしたリスク管理が必要です。

 現代は、昔と違い妊娠の高年齢化やそれによる不妊治療の普及・増加、帝王切開率の増加による既往などから、前置胎盤の発生率が増えています。前置胎盤は、通常は分娩後に自然と剥がれるはずの胎盤が子宮筋に付着して剥がれない状態となる癒着胎盤を合併することが多くなります。帝王切開分娩や前置胎盤などは、分娩時あるいは分娩後の出血のリスク因子となり、場合によっては大出血の危険性や(※2)播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation syndrome:DIC)併発の危険性もあります。その他の胎盤異常には、予想の難しい常位胎盤早期剥離といい、胎盤が妊娠中に剥がれてしまう疾患などもあります。このような産科既往、異常妊娠経過、合併症の他、母子感染の危険性がある感染症がある方は、疾患の状態によって早期入院による管理が必要になる場合があります。リスクの程度を患者さんご自身が知ることは難しいと思いますが、診療所などに通われている中で、もしリスクが高いと診断された場合には、リスクに応じてNICU(新生児集中治療室)やMFICU(母体・胎児集中治療室)などの設備が整った病院の紹介を受けていただいた方がよろしいと思います。また、健康状態に不安がなく診療所でお産を希望される場合でも、ある時、突然具合が悪くなることはあります。そのような場合に備え、地域では母体搬送をスムーズに行うための各病院間また病院と診療所での十分な連携体制が必要です。

福島県は、他県と比べて面積が広いため、その中で周産期医療を如何に連携して提供するかが重要です。現在は、福島県立医科大学附属病院にある総合周産期母子医療センターを中心とした県内5ヵ所の地域周産期母子医療センターで、機能分担をしながら連携体制を取っています。さらに福島県中地区の地域連携も徹底されておりますので、双胎のhigh risk pregnancy (ハイリスク妊娠)は、周産期センターがある当院または国立福島病院で対応できるような体制が整えられています。


地域の現状と中核病院としての役割
貴センターの受け入れ体制はどのようになっているのでしょうか

 当院の産科は、地域周産期母子医療センターの一つとして指定を受けており、救命救急センター、NICU、ICUを備えた地域の中核病院として各診療科(37標榜診療科、13診療センター(2013年度))が揃っています。特に、周産期医療で重要な役割を持つ麻酔科があるのは強みだと思っています。ただ、母体搬送の受け入れでは、受診歴がないいわゆる飛び込み分娩といわれる方もいて、そのような方に重篤な合併症がある場合もあります。このようなケースの対応には難しさもありますが、NICUの医師や各科との連携体制を維持するためのカンファランスなどを行い情報交換しながら、種々のhigh risk pregnancy (ハイリスク妊娠)に対応しています。また、施設面では、2013年4月に新棟6号館を増築し、その4階フロアに地域周産期母子医療センター機能や病床(NICU(新生児集中治療室)12床、GCU(新生児治療回復室)18床)の充実を図り、分娩室を隣接させました。来年2014年2月にはMFICU(母体・胎児集中治療室)を完成させる予定で建設を進めています。MFICUは、福島県立医科大学附属病院に続き県内2ヵ所目の設置となり、同院のサポート役の形を目指しています。さらに、当院では、助産師外来を設置して助産師妊婦健診、産後2週間健診、母乳外来を行っています。

2013年4月増築 新棟6号館
子供の将来を考えると母乳が一番良く、それに勝るものはありませんので、現在20名の助産師により母乳推進を中心とした対応をさせていただいています。その他には、妊産婦の方は精神的に何らかの不安を抱えている患者さんが少なくないため、医師、看護師、助産師が協力し、患者さんと積極的にコミュニケーションを図りながら心のケアを行っています。地域としても、郡山市では、産褥期うつに関して保健指導が行われるなど保健婦の介入が増えてきましたので、今後はさらに精神面でのサポート体制を充実させていきたいと思っています。 

近況をみると病院と助産所の数には少し増加がみられますが、一方の診療所数の減少についてどのようにお考えでしょうか

 近年、県内の診療所の分娩取扱施設数は減少傾向にあります。その理由には医師不足の問題が大きく関わっていると思います。主な原因として、産婦人科の医師を志す学生さんが減っていること、また医科大学卒業生や県内医師の県外流失などが考えられると思います。こうした理由から新規の開業医は減少し、現在活躍中の先生方の平均年齢は高くなっていく状況にあります。今のような状況が続けば、今後、診療所でどの程度対応できるか懸念されます。ただ、現時点での病診連携はしっかり稼働しているといえます。ですから、これから新設予定の福島県立医科大学附属病院周産期センターが完成すれば、県内の周産期医療提供体制はさらに整備されると思いますので、地域でも、連携がより強固なものになるよう尽力していきたいと思います。


先生はどうして産婦人科の医師になられたのでしょうか

 私は、産婦人科というのは、「お産をする=赤ちゃんが生まれる」ということから一番creative(クリエイティブ)な科であると思います。また、この診療科では、診断から治療まで、一人の医師が全て担当できるという魅力があります。でも、実際に産婦人科の医師になってみると、

「男性が担当していいのか?」というようなことをいわれることもありますので、もしかしたらこうした理由から診療科の選択に迷ってしまう学生さんもいるかもしれません。それでも、産婦人科は、妊娠・分娩という周産期の分野だけでなく、不妊分野、婦人科腫瘍分野、思春期・更年期分野などさまざまなジャンルがあり、そこには面白みや魅力があると思いますので、是非、広い視野で見ていただければと思います。そうしてたくさんの学生さんに産婦人科の医師を志していただき、より良い医療が提供できるようになればいいなというふうに思っています。  


妊娠を望む方、リスクを抱えた方へのアドバイス
リスクを減らすためにできることはございますか

 妊娠を望む方にはたばこを吸わないでいただきたいです。たばこを吸われる方は、赤ちゃんが小さく生まれやすい、つまり胎盤機能が悪くなりやすいことから胎児の発育障害が起こりやすくなるなど、非常にリスクが高くなるといわれています。また最近では、妊娠中の静脈血栓塞栓症などのリスクも高くなるといわれています。たばこに良い面はありませんので、ご本人はもちろんのこと、ご家族や周りの方にも配慮していただきたいと思います。

現在リスクを抱えて悩んでいる方にアドバイスをいただけますか

 昔は、「糖尿病の状態が悪い方や心疾患がある方はお産ができない」といわれていたケースもありましたが、医療が発達した現代では、リスクを抱えながらでも妊娠できる可能性が増えていると思います。例えば、糖尿病やその他の内科的疾患や膠原病などを抱えた患者さんは、何よりも妊娠前に病気をコントロールすることが大事です。そして、その経過の中で担当医に相談していただきながらアドバイスを受け、病気の状態が良くなれば妊娠できるケースは増えると思います。これは、合併症があるからといって妊娠を諦めなければいけないということではなく、まずは対応が大事だということなのです。
 当院では、各診療科にconsult(コンサルト)しながら、各専門医と連携した管理を行っていますので、リスクを抱えて悩んでいる方は、妊娠前に一度来院してご相談いただければと思います。


※連載・医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
田中 幹夫氏(たなか みきお)

役  職 (2014年12月1日現在)
 一般財団法人 太田綜合病院附属太田西ノ内病院
 周産期センター長(産婦人科)

専門・得意分野
 周産期医学、更年期障害、婦人科腫瘍など
 

経  歴
 東北大学医学部卒業 (1979年3月)
 私立酒田病院
 公立岩瀬病院  

資  格:所属学会
 医師免許
 医学博士
 日本産婦人科学会専門医
 優生保護指定医
 

診療科治療実績(2012年実績):
 ・分娩数        :679例
 ・帝王切開        :236例
 ・他医よりの母体搬送:91例
 ・総手術数        :545例(うち婦人科手術:309例)
 ・腹腔鏡下手術    :101例 , 子宮鏡下手術13例
 ・浸潤癌         :24例(子宮頸癌3例 , 子宮体癌14例 , 卵巣癌6例 , 肉腫1例)


 一般財団法人太田綜合病院附属
 太田西ノ内病院

 〒963-8558
 福島県郡山市西ノ内2丁目5番20号
 TEL:024-925-1188(代表)
 FAX:024-925-7791
 URL:一般財団法人太田綜合病院附属  太田西ノ内病院ホームページ






◆用語解説◆

※1 妊娠高血圧症候群

妊娠32週以降の発症率が高いといわれる疾患で、妊娠20週以降に高血圧があらわれ、分娩後12週までに血圧が正常になる場合をいう。 またその際、蛋白尿を伴う場合は、妊娠高血圧腎症と診断される。その他、加重型妊娠高血圧腎症や子癇などの病型分類がある。
(※2004年まで呼称されていた妊娠中毒症から呼称変更され、それに伴い定義・分類も変更されている)

※2 播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation syndrome:DIC)

種々の原因から血液の凝固反応が非常に強くなり、血管内で広範に血栓が作られ臓器の障害を起こす。一方、血栓により、血栓の元になる血液成分(血小板、凝固因子)が大量に消費されると止血機能が失われ出血しやすくなる。産科では、妊娠での胎盤が分娩前に剥がれる常位胎盤早期剥離が原因となることが多いといわれている。

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