情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2014年2月1日掲載)

一般財団法人大原記念財団
副理事長兼統括院長 整形外科(脊椎外科) 佐藤 勝彦氏


毎年200例もの手術を手がけ、統計に裏付けられた確かな最小侵襲手術で患者さんの負担を減らす

 高齢化に伴い、腰部脊柱管狭窄症など加齢が原因とされる疾患の手術件数が増加している。専門医が少ないといわれる脊椎脊髄外科で指導医として活躍する一般財団法人大原記念財団 副理事長兼統括院長の佐藤勝彦先生に、県内における脊椎疾患の傾向や治療についてお話を伺った。年間200例もの手術を手がける中で術後データを収集し、統計に裏付けられた最小侵襲手術で患者さんの負担軽減に努めている。手術だけではなく、腰痛教室やリハビリテーションにも力を注ぎ、患者さんが一日でも早く日常生活に戻れるよう尽力している。


脊椎脊髄疾患の現状
高齢化に伴い腰痛や骨折など脊椎脊髄疾患を抱えた患者さんが増加し、(※1)ロコモティブシンドロームという言葉も注目されてきました。福島県ではどういった傾向があるのでしょうか


(上) 図1 脊椎手術年齢構成
(中) 図2 腰部脊柱管狭窄手術前後MRI
(下) 図3 腰椎椎間板ヘルニア手術前後MRI

出典:一般財団法人大原記念財団
副理事長 兼 統括院長
整形外科(脊椎外科) 佐藤 勝彦氏
  (※2)2025年問題とも叫ばれていますが、福島県は他県よりも先行して高齢化が進んでいると感じています。もともと高齢化が進んでいましたが、震災の影響でさらに高齢者の比率が高くなり、(※3)生活不活発病を抱えた患者さんが増えました(図1)。それに伴い、腰部脊柱管狭窄症の患者さんが増えています。腰部脊柱管狭窄症とは脊椎の中にある脊柱管という脊髄が通る管が狭くなり、脊髄から枝分かれした神経が圧迫されさまざまな神経症状を伴う疾患です(図2)。この疾患は60歳以降の方が多く罹患し、そのうち70歳代の患者さんが一番手術をすることが多いですね。私は最高で92歳の患者さんの手術をしました。この疾患の主な原因は加齢変化であることが多いため、腰部脊柱管狭窄症の患者さんは今後も増えると思います。
 当院の整形外科では整形外科と脊椎外科があり、私は主に脊椎を担当しています。整形外科のうち、約2~3割は脊椎外科の患者さんです。その患者さんの7割が腰椎疾患を患っており、手術件数が一番多いのも腰部脊柱管狭窄症です。年間230例ほど手術をしていますが、その約半数の107例が腰部脊柱管狭窄症の手術です。次に多いのが、椎間板ヘルニアの約60例です(図3)。私が昔からとっているデータからすると、椎間板ヘルニアの手術症例数は年間50~60例で推移しており症例数にそれほど変化はありません。それに対して、脊柱管狭窄症の症例数は2、3年前までは椎間板ヘルニアの症例数と同じ年間60例ほどだったのが、今では100例に達し年々増加している状況です。
 脊椎脊髄外科は特殊であり、病院によっては専門医がおりません。例えば、福島県の相双地区に整形外科医はいるのですが、脊椎外科医はいません。私の生まれ故郷が南相馬ということもあり、南相馬の患者さんも増えています。当院に来て5年目になりますが、以前は県立会津総合病院(現・福島県立医科大学 会津医療センター)に6年間おりました。その6年間に1000人近くの患者さんの腰椎や脊椎の手術をし、当時の昭和村や会津の奥地、猪苗代の患者さんがいまだに福島市までいらっしゃいます。このようにほぼ県内全域を診ているので分かるのですが、高齢化による管狭窄症の増加が福島県の傾向ともいえるでしょう。


脊椎脊髄疾患の治療
どのような手術を取り入れているのでしょうか


(上) 図4 筋肉温存型腰椎椎弓間除圧術
(中) 図5 頸椎脊柱管拡大術行程
(下) 図6 頸椎脊柱管拡大術前後画像所見

出典:一般財団法人大原記念財団
副理事長 兼 統括院長
整形外科(脊椎外科) 佐藤 勝彦氏
 脊椎外科の術式は除圧術と固定術の2つに分けることができます。除圧術には骨や靭帯などを切除して神経の圧迫をなくす方法(図4)や骨をずらすことで脊柱管を広げる脊柱管拡大術があります。脊柱管を広げるためにスペーサーと呼ばれる人工物を挿入します(図5)。一般的にスペーサーは様々な種類があるのですが、スペーサーがずれたり壊れたりして再手術になってしまう患者さんもいらっしゃいます。そこで、私はメーカーさんにオーダーして脊柱管拡大術で使うスペーサーを作ってもらっています。私の名前の頭文字をとってSKスペーサーと名付けました。このSKスペーサーはそうした不具合が一つもありません。このスペーサーの質を保ち、最大の効果を得るために、私のもとでこのスペーサーを使った手技をしっかり覚えた医師だけに使っていただいています(図6)。 
 固定術は、脊柱のずれなどによる不安定な状況を改善するために、患者さん自身の骨盤などから骨を取って移植し、椎骨と椎骨を固定する方法です。固定術は脊椎すべり症や骨粗鬆症、椎体骨折などに対して行われます。固定術の際、患者さん自身の骨を移植するのと同時に、スクリューなどの金具を不安定な箇所に入れて固定させ、脊椎の安定性を高める場合があり、これをインストゥルメンテーションといいます。
 これらの術式は患者さんの症状によって、除圧術だけ行う場合もあれば、脊柱に彎曲があって曲がりを矯正する場合には固定術のみをおこないます。また、すべり症のように腰椎に脊柱管狭窄と不安定性がある場合や除圧の過程で脊椎の不安定性が生じた場合は除圧術に固定術を追加します。このように患者さんの病態に合わせて、これらの術式をうまく組み合わせて治療します。



 私は顕微鏡を使いながら小さな切開で手術をしています。顕微鏡は真上からしか見ることができないという欠点がありますが、術野が明るく立体感があり、焦点深度を自由に変えることができます。そのため、焦点を深いところで合わせると椎間板の中の奥のほうまで見ることができます。それに対し、内視鏡の場合は取り付けられたカメラの画像を見ながら手術を行いますが、カメラの設置位置の関係から斜めからも深部を見ることができるため、顕微鏡で見えない裏側など見ることができます。しかし、顕微鏡のように椎間板の奥まで見ることはできません。また、脊椎の内視鏡手術では、カメラの解像度が問われますし、フラットな画面を見ているので立体感に欠けます。その点、顕微鏡であれば立体的視野でしかも拡大率は10倍以上であるため、細部をしっかり確認することができますので、その差が大きいと思います。私は手術では常にルーペを使っていますが、肝心な時は手術用顕微鏡に変えます。脊椎の手術は、相手が神経なので拡大しながら細心の注意を払う必要があります。また、内視鏡下手術は顕微鏡下手術と比較すると1.5倍の時間がかかってしまいます。手術時間をたくさん取ってじっくり処置をするのは当然ですが、手術時間が短いほど患者さんの負担は少なく高齢者になればなるほど手術時間を短縮すべきなので、私は顕微鏡下手術を取り入れています。


従来法と最小侵襲手術ではどのように異なるのでしょうか

 金具を体内に入れる手術というのはどうしても傷が大きくなりがちですが、なるべく小さく切開する手術を自分なりに工夫することで、患者さんの痛みを少なくしています。これはMIS(Minimally Invasive Surgery)といわれ、脊椎外科でも有効とされています(図7)。消化器外科など他の領域でも内視鏡下手術や腹腔鏡下手術がありますが、脊椎外科でもこうした最小侵襲手術が行われています。 

図7 最小侵襲手術CBT

出典:一般財団法人大原記念財団
副理事長 兼 統括院長
整形外科(脊椎外科) 佐藤 勝彦氏
 私は自分の従来法と現在行っている最小侵襲手術で、どの程度侵襲が小さくなったかを比較するために統計をとりました。それによると、最小侵襲手術のほうが明らかに患者さんの出血量が少なく、その後の患者さんの回復にも有意差がありました。手術後の歩行開始時期が、従来1.8日だったのが、最小侵襲だと完全に1日になり、術後の吐き気の発生率が25%から6%に下がりました。また、(※4)ドレーンを抜くまでの日数は1.8日から1.1日と、ほぼ1日短縮しています。手術の際に挿入する尿道カテーテルは歩くことができて初めて抜くことができるのですが、この尿道カテーテルの抜去についても手術後2.4日から1.2日と半分に短縮されました。従来法では、この尿道カテーテルでほぼ3日間ベッドにつながれていたのが、手術の翌日には取れるわけです。また、術後の痛みの程度も違います。通常、従来法は手術の翌日に痛みはなく、術後2日目か3日目に一番痛みがありますが、最小侵襲手術では痛みがなく、翌日からしっかり起きることができ、翌朝から食事をとることができる患者さんの割合が圧倒的に多いです。その違いについては従来法と現在取り入れている(※5)CBT(Cortical bone trajectory)を採用した椎体間固定術(図7)とを比較した結果からも有意差が出ています。これらの統計については、2013年4月の学会で発表しました。統計学的に有意差があり、従来の術式と比較すると、最小侵襲手術では明らかに患者さんの負担が軽減されています。
 このように手術のデータをとることで、自分の手術方法を確認しています。その明確なデータがあるからこそ、自信を持って患者さんに従来の手術より格段に術後が良くなっていることを説明することができます。そのほかにも、術前の説明では私は患者さんがわかりやすいように自分でイラストを描いて、それをパワーポイントにのせてコンピュータープレゼンしています。手術時間の目安や手術後のリスク(足の痺れや感染症など)についてもガイドラインにあるパーセンテージを含めて患者さんに説明しています。手術前に「大丈夫ですよ」と感覚で話すのではなく、データに基づく正確な情報をきちんと提供し、納得した上で患者さんに手術を受けていただくようにしています。

どのようなことを診療の際に心掛けていますか

 私はどんな手術であれ、手術の翌日に患者さんを起こすのは執刀した医師であるべきだと思っています。術前から術後まですべての責任をもって、患者さんをケアする。そういうケアの仕方が患者さんの治ったという喜びをも倍増させると思いますし、患者さんの気持ちに寄り添うことにもつながると思います。だからこそ、私は手術の翌朝を大切にしています。脊椎の手術は、とても危険な手術だと思われているため、もしかしたら歩けなくなるかもしれない、車いすの生活になるかもしれないという恐怖や不安を乗り越えて、患者さんは手術を受けるわけです。手術が無事終わり、患者さんはひとまず安心されますが、「夜のうちに足をしっかり動かしましょうね」、「朝には自分で起きることができるから頑張りましょう」と患者さんに声をかけても、患者さんは不安な一夜を過ごします。だからこそ、手術の翌朝7時半にはスタッフを早めに出勤させて、私は必ず患者さんを自分の手で起こして歩いていただきます(図8)。

図8 術後翌朝 歩行訓練
執刀した医師が自ら見届けることが、患者さんの安心にもつながると思うのです。そして、今までずっと痛くて歩けなかった患者さんの歩くことができた喜びに直接触れることもできます。これが医師としての最高の瞬間でもあります。手術の翌朝に歩くことができるというのは、脊椎の手術ではとても重要です。そして、患者さんは不安な一夜を過ごした分、歩くことができた時の喜びが大きいのです。私はそういう喜びにつながる手術をしたいと思っています。ただもちろん、なかなか思うようにいかないこともあります。手術前には、すべての患者さんで今よりも必ず良くなるという確信をもって臨みますが、手術で開いてみたら、予想以上に癒着が進んでいる場合や骨がもろくて金具がうまく留まらない場合があります。脊椎の手術は神経を相手とするので、痛みがとれても痺れが残ってしまったり、麻痺が完全にとれなかったりと症状が残ってしまうことも少なくありません。治療し尽くしたから、もう治らないと患者さんを切り捨ててしまっては、患者さんの行き場が無くなってしまいます。脊椎の手術は手術を機に治る患者さんは7~8割ですが、わずかながらでも1~2割の患者さんには何らかの症状が残ってしまうので、私たちが最善を尽くし、その患者さんを術後にどうケアするかが大切です。ですから、術後の薬物療法やリハビリを経て、それでも重度の障害が残り生活に支障があるなら介護や身体障害の診断などの諸手続きをしてあげることも治療のひとつだと思います。


復帰のためにも術後のリハビリテーションは重要でしょうか

 日常生活に復帰するためにも整形外科にとってリハビリテーションは重要です。私は当院に急性期リハビリテーションセンターを開設し、そのセンター長も兼務しています。私がこちらに赴任した時は、リハビリテーション科には理学療法士が4人しかいませんでしたが、今では当院だけで理学療法士、作業療法士、言語療法士など総勢で30人近くおります。若いセラピストが多くなりましたので、去年の半年間、リハビリの教育システムを導入するために九州にある飯塚病院からご助言をいただいたり、人的な支援をいただいたりしたおかげで、教育システムが完成し、人材育成にも力をいれています。今後も入院患者のリハビリに力を入れるため人員を増やさなければなりません。そのほか、当院には回復期リハビリテーション病棟がないので、在宅復帰までの間の回復期リハは他病院と連携してリハビリを行っています。このようにリハビリに力を入れている理由は、早期にリハビリ介入をすると患者さんの回復が早いからなのです。当然、回復が早ければ在院日数の短縮にもつながり、在宅復帰率も高くなります。私は手術だけでなく、患者さんが自宅へ帰るまでトータルでケアしていきたいと思っています。  


手術以外にどのような取り組みをされていますか

 腰痛患者さんの中には手術の必要がない方もいます。そういう方には腰痛教室で運動療法をしていただきます。患者さんには2か月間に3回来ていただいて、理学療法士や作業療法士による運動療法を指導しています(図11、12)。その間、腰痛に関する勉強として専門医からの講義、栄養士による栄養指導、薬剤師による薬の勉強もしていただきます(図9)。こうした指導をする腰痛教室は福島県内で当院だけです。この教室では椎間板を治すためのうつ伏せ体操を教えています。この体操は、私が医大に在籍していた時に椎間板内圧の研究を行い、その結果からヒントを得て、腰痛を治す体操として有名なマッケンジー体操をベースに考案したものです。うつ伏せになってリラックスした状態で呼吸を整え、上体を反らしたり両足をバタバタしたりする方法ですが、私の体操は腰痛の大きな要因である椎間板変性に着目した治療法です(図10)。この体操法について、聖ルカ・ライフサイエンス研究所の日野原重明先生が主催する腹臥位(うつぶせ寝)療法セミナーで講演してきました。手術だけではなくこうした運動療法などを交えて、あらゆる方向からアプローチしています。

(左上) 図9 腰痛教室講義風景、(右上) 図10 うつ伏せ体操指導箋
(左下) 図11 腰痛教室体操指導風景、(右下) 図12 腰痛教室指導風景

出典:一般財団法人大原記念財団 副理事長 兼 統括院長
整形外科(脊椎外科) 佐藤 勝彦氏



どのような場合に受診すればいいのでしょうか

 神経に沿った痛みを神経痛といい、特に腰部に原因がある場合は足に、頚部(首)であれば手に痛みが出ます。罹病期間が短い患者さんの手術ほど、手術成績は良いですね。腰が痛いのは歳のせいだと放っておいたり、手術をしたくないからと我慢しすぎたりしてしまうと治りが悪くなってしまいます。例えば、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症では神経が圧迫されているために、痛みや痺れ、麻痺が症状として現れます。それを放っておくと時間の経過と共に神経の周りがどんどん癒着し剥離が難しくなるだけでなく、神経自体の回復力が弱まってしまいます。回復力が無くなって神経が繊維化してしまい、手術をしても治らず、麻痺や痺れなどの症状が残ってしまうということになるのです。手術後の症状の残存は、この神経自体の回復力に左右されるので、回復力がなければいくら手術しても良くなりません。それが神経を相手とする手術の特徴でもあります。 
 罹病期間が半年間というのは手術の成績に差が出るひとつのポイントだといわれています。そのため、症状が出てから半年以内に手術した人と、それ以降に手術した人での症状の残存には違いがあります。今はMRIで診断すると、どこがどう悪いか、手術したほうがいいのかどうか判断できますのでまずは早めに受診してください。


脊椎外科医として
どのように「手技」を磨かれてきたのでしょうか

 たくさん執刀することです。執刀するということは、手技を維持していることだと思います。ここ10年間の手術症例数からいうと福島県の脊椎外科の中では、私は恐らくトップだと思います。県立会津総合病院にいた時から毎年200例ほど手術をしているので、この10年の症例数は1600例を超えます。手術のし過ぎで、腱鞘炎(バネ指)になってしまったほどです。術中、骨パンチというハサミのようなもので骨を切るのですが、その使いすぎで指を痛めてしまいました。そのくらい執刀しています。指の痛みやひっかかりで手術ができなくなってきたので、執刀するためにばね指の手術を受けました。 
 ただ執刀すれば良いわけではなく、「これでいいんだ」と満足せず常日頃から向上心を持つことが大切だと思います。10年前と今の私とを比べると、技術は格段に上がっています。最初から顕微鏡を使って手術をしていたわけではありません。執刀するようになって、何年後かに顕微鏡を使い始め、最初は除圧術を中心としていましたが、固定術やインストゥルメンテーションを導入すると、さらに知識と技術が必要になります。その中で徐々に最小侵襲に術式にも移行してきました。できるだけ侵襲を小さくする、出血量を少なくする、手術時間を短くする。段階的にそういう手術に挑戦していくわけです。傷の大きさも最初は10cm位切らなければできないものが5cmの切開でできるようになる。そうすると筋肉を剥がす量も少なくなるので、患者さんの痛みも少なくなり出血量も少なくなって、患者さんの負担が減っていきます。
 私の経験や知識は、患者さん一人ひとりから教えてもらったことの積み重ねです。例えば、手術をして半年ほど経過した頃、痛くなったと来院された患者さんに対して、その原因を探って自分の術式を反省し改善します。執刀するたびに患者さんに教えてもらうのです。そういう反復で技術は進歩していきます。また、MRIで自由に撮影できるようになってからは、術前の診断に用いるだけでなく、術後の状態を画像で確認するためにMRIを行います。この術後のMRIが自分の技術をさらに上げます。患者さんの症状は良くなっても、画像所見では思ったほど良くなっていないこともありました。また、手術は完璧に行ったつもりでも術後の画像所見をみると改善がいまひとつということもありました。そうしたケースを反省材料として、次の患者さんにはこうした経験を活かせるように改善します。これは医療の進歩でもありますが、患者さんにとっては犠牲になってしまう側面もあります。これは医学の進歩上、どうしようもないことでもあります。だからこそ、私は患者さんから教えていただいたことを次の患者さんに活かさなければなりません。そして、若い医師には私が積み上げたものを土台として、さらに経験と知識を積み上げてもらうことで、一人でも多くの患者さんの負担を減らしていきたいと思います。 


求められる医師像についてどのように考えられていますか

 患者さん一人ひとり真摯に向き合うということでしょうか。誠実さも必要です。私たち脊椎外科医は、痛みや痺れが残存する可能性のある手術を引き受けます。患者さんとしてもリスクの高い手術を受けるという意識が強いので、いい加減な医師には診てほしくないですね。そのためにも、患者さんとのお付き合いの中で、言葉遣いや身だしなみ、身構えにしても患者さんから信頼を得られるような医師でなければと思います。演技という言葉が当てはまるかわかりませんが、患者さんの前で医師としての立ち居振る舞いがきちんとできなければ本物の医師ではないと思っています。患者さんの前では医師たる役者を演じなければ患者さんに申し訳ないと思うのです。私は病室に向かうときは気持ちを切り換えて部屋を出ます。 

 脊椎外科医は患者さんの体だけ、腰だけを診るのではなく、患者さんの精神面も診る必要性があります。慢性疼痛の患者さんの約30%がうつなどの精神疾患を発症しているといわれています。特に慢性腰痛の方にその傾向が強いといわれています。痛みが慢性化すると、常にその痛みのことを考えてしまい、気分が落ち込んだり、不安が強くなったりして、精神疾患を発症してしまうのです。患者さんの不安が痛みを助長し、痛みを重症化させてしまうことがあります。私は医大に在籍中、整形外科と精神科とでリエゾン療法を始めました。身体疾患に精神医学的問題を有する患者さんへの対処法です。これは患者さんを中心に、整形外科医と精神科医が一つの輪を作って連携しながら治療します。具体的には、整形外科で痛みを和らげる治療や運動療法を実施し、その一方、精神科では腰痛に関連するストレスを軽減するために、心理療法を用います。物事の受け止め方である認知を変えることで、対処の仕方や行動を変え、心理的なストレスを同時に治療していきます。このように腰椎疾患と精神疾患はとてもつながりが深く、患者さんの不安やストレスが痛みを助長してしまうことがあるのです。患者さんに、「実は、腰痛の患者さんはうつになる方が多いんです。首の痛みではなくて、腰痛の患者さんに。なぜだかわかりますか?腰痛。ようつう。うつが入っていますね。」といった話しをすることがあります。そうすると、すでに「うつ」が入っているのだと納得して気が楽になる方もいるようです。また、外来の患者さんの中には、私の顔を見て、「ああ、先生の顔を見て安心した」と言って、痛みがなくなる方もいます。だからこそ、医師は「私に任せなさい」という雰囲気を醸し出さなければと思いますし、そのためにも診療での説明や手術に自信を持ち、患者さんに信頼していただくことが大切だと思います。治療を成功させるためにも、患者さんの心の状態も読み込んだ対応をしなければなりません。 


今後の展望をお聞かせください

 当院は福島市の市民病院を目指しています。特に、救急疾患をしっかり診療し、専門性の高い急性期病院を目指しています。急病に対応できる病院になるために救急部門を充実させると同時に、当院は優秀な医師が多いので専門性の高い医療を組み合わせていきたいと思っています。その救急医療と専門医療の両輪で、新病院は市民のための頼りになる病院にしたいと思います。 


※連載・医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
佐藤 勝彦氏(さとう かつひこ)

役  職 (2014年2月1日現在)
 一般財団法人大原記念財団 副理事長兼統括院長
 

出  身
 福島県南相馬市
 1981年 福島県立医科大学 卒業

資  格:所属学会
 医学博士
 日本整形外科学会認定専門医
 日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医
 日本整形外科学会認定運動器リハビリテーション医
 日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医



 一般財団法人大原記念財団
 大原綜合病院

 〒960-8611
 福島県福島市大町6-11
 TEL:024-526-0300(代表)
 FAX:024-526-0342
 URL:大原綜合病院ホームページ






◆用語解説◆

※1 ロコモティブシンドローム

運動器症候群のこと。骨や筋肉、関節、椎間板といった運動器に支障が生じることで、日常生活に障害をきたし要介護リスクが高まる状態。ロコモティブシンドロームの患者数は、予備軍を含めて全国で4700万人以上いるといわれている

※2 2025年問題

団塊の世代が2025年までに後期高齢者とよばれる75歳以上になることにより、医療費などの社会保障費の高騰が懸念される問題

※3 生活不活発病

入院や災害などをきっかけとして、外出が減り体を動かす機会が少なくなり生活が不活発になって、全身の機能が低下する病気

※4 ドレーン

排液管のこと。術後の体内に貯まるリンパ液や血液を体外に排出するための管

※5 CBT(Cortical bone trajectory)法

以前より細く、小さいインプラントを椎骨のより硬い皮質骨に挿入する方法。高度な技術を要する方法で、より筋肉へのダメージや出血を抑えることができ、インプラントをしっかり固定できるといった利点がある
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