情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2014年4月1日掲載)

公立大学法人 福島県立医科大学
理事長特別補佐、心臓血管外科学講座教授 横山 斉氏


難易度の高い心臓外科の複合手術をしながらも、医工連携による医療の発展に貢献し、福島の復興を見守る

 難易度が高いといわれる心臓血管外科手術。生活習慣の変化や高齢化から複数の心疾患を抱えた患者さんが増加し、さらにリスクの高い複合手術にも取り組む 公立大学法人 福島県立医科大学 理事長特別補佐 横山 斉先生は、日本大学工学部との共同研究や医療機器開発への貢献を通して、より良い手技や治療法を求めて研鑽を積んでいる。医療産業が重要視されている昨今、医学の進歩だけでなく、福島の復興にも大きな役割を果たすだろう医工連携の重要性についてもお話を伺った。


心臓血管外科手術
福島県立医科大学では冠動脈疾患に対してどのような治療をされていますか


「 胸骨の開き方 」
 冠動脈とは心臓を養っている動脈です。この冠動脈が動脈硬化などによって血管の内側が狭窄して心筋への血液の供給が減少したり、血流が途絶えたりすることで、虚血状態となり胸痛発作などを起こします。これは冠動脈疾患といわれ、狭心症や心筋梗塞という重篤な病態に分けられます。治療法は薬物療法やカテーテルなどいくつかありますが、重症の場合、冠動脈バイパス手術という外科手術を行います。冠動脈バイパス手術は、狭くなった冠動脈を迂回する新しい血液の脇道を作る手術です。

「 内胸動脈 」
これは心臓外科の基本的な手術で、狭心症や心筋梗塞では一番多い手術ですね。このバイパスに使われる血管はいくつかありますが、私は内胸動脈でバイパスを作っています。内胸動脈は肋骨や(※1)肋間筋に栄養を送るための血管です。首元にちょうどネクタイのような形をした胸骨があり、そこから肋骨がついていますが、内胸動脈はその肋骨の内側を走行しています。実はこの血管を取ってしまっても周辺から血液がめぐってくるので支障がないため、バイパス手術ではこの内胸動脈を心臓に縫い付けています。この内胸動脈は左右に1本ずつ計2本ありますから、患者さんの状態によっては心臓と内胸動脈を2か所つないだり、1か所つないでからまた別の場所をつないだりすることもあります。この方法が心筋梗塞を予防するには一番効果的だと思いますね。


生活習慣病や高齢の患者さんが増えているそうですが、術式の傾向にも変化があるのでしょうか

 まず、心疾患の基本的な原因は生活習慣病や高血圧、高脂血症、糖尿病ですね。喫煙習慣は心疾患のリスクをさらに高くします。このような生活習慣病から動脈が石灰化したり、脂肪の塊が沈着したりして動脈硬化になります。また、年齢も動脈硬化のリスクファクターです。日本は長寿の方も多いですし、食事は欧米型に変化しましたから、動脈硬化の血管を持っている方が増加しています。それに伴い、複数の心疾患を抱えた患者さんが増えているため、複合手術の件数が増加しています。例えば、冠動脈が悪いだけでなく心臓の(※2)心臓弁膜症があるうえ大動脈に(※3)動脈瘤があるという複合型の動脈硬化症の方や心臓と血管に複合病変を持つ方、さらにがんにも罹患している方、多臓器に疾患を持った動脈硬化性疾患の高齢の方などが非常に多くなりました。現在ではこのような複合病変を持った高齢の方が治療の中心層になっています。例えば、冠動脈バイパス手術を受ける患者さんの平均年齢は60代後半です。この年代の患者さんが毎年増えています。 20年前はこの手術を受ける患者さんは60代前半の方が多かったのですが、患者さんの年齢は年々高くなっています。 
 高齢であればあるほど、心臓、脳、肝臓、腎臓などの(※4)予備力が下がりますので、手術のリスクも高くなります。このような場合、人工心肺を使って心臓を停止して行う手術ではなく、心臓を止めずに動かしたまま行う手術、心拍動下冠動脈バイパス術をします。天皇陛下もこの手術を受けられました。これは人工心肺を使わず心臓を止めないため、非常に体に優しい術式です。また、人工心肺を用いることで生じる合併症のリスクを回避することができます。


心拍動下冠動脈バイパス術ではどのように心臓と血管を縫い合わせるのでしょうか


「 心拍動下冠動脈バイパス術の展開 」
 心拍動下冠動脈バイパス術では心臓の表面を走る2㎜ほどの冠動脈を切開し、吻合します。スタビライザーという吻合部分を固定する器具で血管の吻合部分周辺の動きを抑えます。そして、眼鏡に取り付けられた約3倍に拡大する顕微鏡で見ながら、拍動する2㎜の血管を切開します。心臓は拍動しているため切開すると、血管から出血が生じます。そこで、シャントチューブというチューブを冠動脈内に挿入して出血や血流の途絶えを防ぐため、実際の出血量は2,3cc程度です。このような状況下で、内胸動脈と冠動脈を外側、内側、内側、外側と連続で一気に縫い合わせ、バイパスを作り上げていきます。通常、心拍動下冠動脈バイパス術の手術時間は約3~4時間で、心臓の2,3か所を吻合します。この術式では体の負担が少ない上、傷自体も1週間から10日ほどで治りますので、

「 冠動脈の吻合 」
早い患者さんでは1週間で退院される方もいますが、通常は様子をみて2週間程度の入院で退院されます。患者さんによっては手術の翌日から食事をとることができます。
 手術室にはカメラがついており、手術は毎回記録しています。手術のビデオ記録は患者さんやそのご家族が希望された場合、ご覧いただいています。また、録画ビデオだけではなく、手術を受ける患者さんのご家族は別室にて手術の様子を見学いただくこともできます。


「 手術室 」


心臓血管外科医への道
心臓血管外科医を目指す医師が多いそうですが、その道のりは険しいようですね

 よく心臓血管外科における手術は難しいと思われているようですが、それには理由がいくつかあります。技術面から申し上げると、この領域の手術ではミスの許容範囲が小さいということが挙げられます。例えば、皮膚を縫う場合、ある程度縫うことができれば皮膚は再生能力があるので勝手にくっついてくれます。しかし、心臓という全身に血液を循環させるポンプの役割を担う高圧な臓器と血管を扱う手術では、一針掛け間違うだけで大出血してしまいます。ミスが許されない手術なので、技術の難易度が高いと思われているのでしょう。また、手術時間に制限がある点も大きな理由かもしれません。心疾患の手術では、人工心肺という機械で心臓の代わりに全身に血液を送り続ける間に心臓を停止して行う手術をすることがあります。この時、心臓を停止する時間は長くても3時間か4時間くらいです。人工心肺という機械を使用する時間をできるだけ短くしたほうが患者さんの負担が小さいため、手術のスピードが重要です。

「人工心肺」
例えば、全身麻酔を必要とする他の臓器の手術では、心疾患の手術ほどスピードを要求されません。もちろん全身麻酔の時間が短いほうが良いのですが、心臓の手術は心臓の停止時間に限界があるので、それを超えてしまうと患者さんは非常に重篤な状態に陥ってしまいます。手術のスピードが直接生命を左右してしまうのです。このように、「ミスが許されない」、「スピードが問われる」という2つの理由から、心臓血管外科手術は特殊だ、高度で難易度が高いといわれるのではないでしょうか。


心臓血管外科医に必要なことはなんでしょうか

 私は大学で学生たちに心臓血管外科学を教えていますし多くの外科医を見ていますが、外科医全員が志せば心臓血管外科医になれるわけではなく、やはり向き不向きがありますね。心臓血管外科医に問われるのは手先の器用さではなく、手術というオペレーションの戦略です。手術を自転車に例えてみましょう。手術における3つの基本技術「切る・縫う・結ぶ」を自転車の操縦だとします。自転車に乗って操縦することは、切って、縫って、糸を結ぶという基本的な手技をただ組み合わせているに過ぎません。しかし、自転車はある地点からある地点へ移動するための道具であり、目的地までどのように進むかは操縦者が決めます。ゴール地点までの道のりには平坦な山や険しい山がありますが、手術においては、どの道を通ってゴールに到達するのかがポイントになるのです。患者さんの手術前の状態をスタート地点だとすると、最終目標である良い状態にどのように到達するか、手術はそのデシジョンメイキング(意思決定、的確な判断)によるところが一番大きいですね。自転車の操縦が上手でも、どこに自転車が進んでいくかわからないようでは困ります。  

「 教授オペ中 」
 的確なデシジョンメイキングをするためには、技術や知識の引き出しをたくさん作っておくことが基本です。ある程度の経験ももちろん大切ですが、日々自己研鑽して術中の切開の仕方、吻合の仕方に多くの引き出しを自分の中に持っておくことです。そして、患者さんの病状をきちんと把握して認識する能力も必要です。戦場に例えるなら、戦況を適切に把握して、できるだけ多くの武器を用意し、それを組み合わせて戦っていくイメージでしょうか。鉄砲をむやみに撃っても当たりません。
 手術とはスピード感を伴う高度な知的作業だと思います。スピード感を持った適切な判断力と現状認識した上での予測力がなければなりません。スポーツでもそうだと思いますが、目の前の事象から次を予測できる人というのは、上手ですね。外科医にも予測するというイマジネーションが必要です。目の前の作業をしながらも、頭の中では次のステップ、そして最終ステップを考えながら手術をしていくと極めて迅速かつ流れのいい手術ができます。このような考え方は術者に限らず、芸術家やスポーツ選手など頭と手を使って何かを成し遂げる人たちに共通する考え方だと思います。


医療の進歩に欠かせない医工連携
福島県立医科大学では医工連携にも力を入れているそうですね

 医工連携とは医学と工学が連携して研究開発することです。異なる分野が連携することで、今まで実現が難しかった新しい技術や研究開発が可能になります。ロボットなどのテクノロジーが進んでいますが、このような工学と医学は噛み合う部分が多く一緒に進歩しており、医学の進歩に医療機器の研究開発や人体の科学的解析は欠かせません。
 例えば、心拍動下冠動脈バイパス手術においてバイパス吻合して固定する場合、良い固定と悪い固定があります。

どういう固定が良いのか悪いのかを判断する際、大まかに判別がつきますが、感覚だけでは本当に正しい判断ができているのかわかりません。固定の良し悪しを比較検討する場合、数値で表現されていればどちらが良いのか明確に判断することができます。例えば、2より3が大きいというのは100人中100人がその通りだと答えますね。このような客観的な判断材料が医学界でも必要です。
 医療と工学の垣根のない研究環境を構築するためにも、当大学では医工連携の一環として日本大学の工学部の尾股教授と共同研究をしています。その結果、心臓表面の3次元運動を数値化することに成功しました。この数値化によって、心臓が1回動いた時、どれだけの移動距離があるのか、どれだけのスピードで動いているかを確認することができます。この情報から心拍動下冠動脈バイパス術において、どのような吻合をすればしっかり固定できるのかを確認することができるのです。


どのような研究から心臓表面の3次元運動の数値化に成功し、その情報からどのような可能性が広がるのでしょうか

 心臓の動きを数値化するため、次のような研究を行いました。豚の心臓の表面を走る冠動脈の吻合部にビーズを置きます。このビーズを2台の高速カメラで別の角度から撮影すると、1台のカメラ映像の情報は2次元の平面情報と言えます。実際には2台のカメラが違う角度から撮影しているため、軸の異なる平面情報が2つあります。そこで、これら2つの2次元情報をコンピュータで再合成することで3次元化しました。
 心臓表面の3次元運動の数値から何かわかるかというと、心臓が1回動いた時の移動距離やスピードだけではなく、拍動の加速度や減速度という(※5)パラメータを知ることができます。加速度とは急発進、減速度とは急ブレーキだと捉えてください。このように拍動の数値から、どのような縫い方をすればしっかり固定できるのかを確認することができます。また、固定の良し悪しを確認できるので、スタビライザーの拍動抑制の良し悪しの比較も可能です。例えば、あるスタビライザーで検証した結果、スタビライザーを付けて心臓の動きを固定する前を100とすると、固定後は17%と8割以上の動きを抑制していることがわかりました。しかし、速度や加速度、減速度というスピードからすると、小さな動きはほとんど抑制されていないということが数字として確認できたのです。このように、スタビライザーの抑制度合も数値化できるので機種の比較検討が可能になりました。
 また、この数値化によって心臓を強くする薬、弱くする薬、脈を速く、または遅くする薬を使ったときに、固定が良くなっているのかどうかも調べることができます。そうすると心拍動下冠動脈バイパス手術の時には、どの薬を使えば固定が良くなるのか、バイパスの出来具合も良くなり血液がスムーズに流れているのかといった研究ができるようになります。


先生は医療機器の研究開発にも貢献しているそうですね

 血管吻合練習を目的とした心拍動下冠動脈バイパス手術トレーニング装置が開発されました。これは心臓外科専門医や専門医の取得を目指す医師のための血管吻合の手技トレーニングシステムで、吻合後の血管内の血流をコンピュータによって解析することができますので、吻合の良し悪しが可視化され数値化されます。うまく吻合ができていない狭窄がある箇所では血流に乱流が生じるので、どういう縫い方が良いのかを感覚ではなくしっかり数値で確認することができます。このシステム開発について、私からもアドバイスさせていただきました。 

「 冠動脈吻合トレーニングシステム 」
 このような技術は工学部の先生方にとっては普通のことかもしれませんが、このような技術を医療に応用すると新しい発見があり、医療の進歩に確実に役立つのです。心臓表面の3次元情報の数値化は世界で一番高い技術ではないでしょうか。整形外科や耳鼻咽喉科の先生で、関節の動きや水を飲みこむ時の喉の動きを科学的に捉えて研究されている方もいらっしゃいます。人間の身体の動きを科学的に解析して、治療に応用しようという動きが盛んになっているのです。



先生は医療の面から福島の復興に取り組まれていますが、これからの福島に必要なことはなんでしょうか

 私は当学の代表委員として「うつくしま次世代医療産業集積プロジェクト企画運営委員会」に所属しています。このプロジェクトは21世紀の産業として期待されている医療機器関連産業の振興と集積を図るために福島県で実施されています。医療産業集積地域でもある福島において、医工連携、そして医療産業はとても大きな役割を担うでしょう。これらのプロジェクトを盛り上げるためにも人材や人が集う場所が必要だと思います。福島と全く関係のなかった方々も震災以降福島に注目しており、これは日本に限ったことではなく、全世界の注目を集めている状態です。そんな福島で多くの人が集まり、話をし、知恵を出し合う場所をさらに提供できれば、福島の復興が加速すると思います。福島をもう一度安全な場所、前より良い場所にすることは日本のミッションでもあると思います。今まで日本は世界から「安全安心の国」、「科学の発達した国」であり、日本人は責任感の強い頭のいい優秀な国民だと思われてきましたが、残念ながら福島第一原発事故により国際的な日本の評価は下がってしまいました。これを巻き返すためにも、まず福島で頑張るしかないのではと思っています。もちろん、福島県民が自分たちの足で立ち上がり努力するわけですが、世界の様々な人材の協力を得るということも大事なポイントかもしれません。海外のサポートを要請したり、サポートを受け入れたりする努力も、今の福島には必要だと思います。
 福島への貢献の形は全世界の人に通じます。福島の子供たちに対してどういうアイデアでどのような取り組みをしているのか、今は世界の人たちにも伝わりやすくなっています。だからこそ、福島に貢献されている方々にももっとスポットライトを当て、多くの方と協力しながら福島の復興に向けて盛り上がっていければと思います。


※連載・医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
横山 斉氏(よこやま ひとし)

役  職 (2014年4月1日現在)
 福島県立医科大学 理事長特別補佐
 心臓血管外科学講座教授

資  格
 日本胸部外科学会指導医
 日本外科学会指導医
 心臓血管外科専門医(修練指導医)
 脈管専門医
 麻酔科標榜医

学  会
 日本心臓血管外科学会(常任理事)
 日本循環器学会(東日本外科系代表理事)
 日本冠動脈外科学会(理事)
 日本胸部外科学会(評議員)
 日本外科学会(代議員)
 日本冠疾患学会(評議員)
 日本人工臓器学会(評議員)
 日本脈管学会(評議員)
 日本血管外科学会(評議員)
 International Society for Minimally Invasive Cardiothoracic Surgery (Member)
 International Society Cardiovascular Surgery (Member)
 American Heart Association (Member: Council on Cardiovascular Surgery and Anesthesia)

委  員
 日本心臓血管外科専門医認定機構委員
 National Clinical Database (NCD)専門医制度委員
 Topic advisory member for WHO-ICD working group
 日本循環器学会診療ガイドライン(急性心筋梗塞)委員
 日本学術振興会科学研究費委員会専門委員

社会活動
 福島県復興ビジョン検討委員
 福島県復興計画検討委員
 いわき共立病院新病院検討委員
 米沢市立病院新病院検討委員会副委員長
 南相馬市立病院脳卒中センター検討委員会委員長
 福島県立病院改革プラン策定委員会委員長



 公立大学法人 福島県立医科大学
 〒960-1295 福島県福島市光が丘1
 TEL:024-547-1111(代表)
 URL:公立大学法人 福島県立医科大学ホームページ






◆用語解説◆

※1 肋間筋

肋骨と肋骨とを連絡している筋肉

※2 心臓弁膜症

血管の逆流を防ぐための心臓にある4つの弁に、外傷や炎症などがあることによって心臓の活動に支障をきたす疾患。弁膜症には弁が開く際に血液の流れが妨げられる狭窄症と弁が閉まる際に血液の逆流が生じる閉鎖不全症がある。

※3 動脈瘤

酸素を含んだ血液を運ぶ動脈が風船のように膨らんでしまうこと。一度、動脈瘤ができると、自然に小さくなることはないため、外科治療が必要となる。

※4 予備力

体力や生理機能の最大能力と日常の活動に必要な能力の差のこと。人間は普段の生活ですべての能力を発揮しているのではなく余力を持っている。しかし、高齢になると日常生活に必要な体力はあっても余力が低下しているため、身体に負担がかかると回復するのに時間がかかり、慢性化しやすい。

※5 パラメータ

変数値。プログラムなどを実行する際に設定する指示情報。
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