情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2014年9月1日掲載)

公立大学法人 福島県立医科大学
腫瘍生体エレクトロニクス講座 准教授、肝胆膵・移植外科副部長
志村 龍男氏


術式の改善や免疫療法の研究、医療機器開発から膵臓がんの5年生存率10%に挑む

 肝胆膵外科は肝臓、胆道、膵臓など広範囲に渡り、難度の高い手術が数多く行われる。その中でも予後が厳しく手術後の合併症発生率の高い膵臓がんについて、志村 龍男先生に早期発見のポイントや手術の難易度が高いとされる理由、集学的治療について伺った。先生は膵臓がんの手術において、様々な試行錯誤から術後の合併症を減らし、在院期間を短縮することで患者さんの負担軽減と早期復帰に努めている。より多くの患者さんを助けるために長年にわたり免疫療法を研究し、医療機器の研究開発も手掛ける。5年生存率が10%と低い膵臓がんのパーセンテージを上げるために、今日も先生は挑戦する。


増加傾向にある肝胆膵疾患
人口10万人に対する肝胆膵領域の罹患率が増加しているようですが、近年どのような傾向があるのでしょうか

 肝がんに関しては、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなどをもとに発がんしていく方が全体の8割前後を占め、年代別にみると60代から70代の方々が多いですね。B型肝炎に関しては、1970年から1980年代のころは(※1)垂直感染と水平感染が半数ずつとされていました。ウイルス量の多いHBe抗原陽性の母親から生まれた場合約90%、ウイルス量の少ないHBe高原陰性の母親からの場合約10%が(※2)キャリアという状態になります。赤ちゃんのうちは抵抗力がないので、母親からもらったウイルスをそのまま受け入れて成長し、10代後半くらいから身体がウイルスを敵だと認識することによって肝炎が起こります。しかし、8割前後の方は症状としては治ります。ところが、症状がなくても持続的にウイルスが体内に潜伏しており、慢性肝炎に移行していく方が15~20%程度いらっしゃいます。この方々が年率で数%ずつ肝硬変に変わり、10年、20年経つと肝細胞がん、いわゆる肝がんに罹患することになるのです。しかし、この垂直感染については国の方策があり、子供が産まれてすぐにHBVワクチンと免疫グロブリンという製剤で95%の予防が可能となり、将来的にはHBVキャリアーが減少することが期待されています。
 B型肝炎ウイルスを持っていない人にこのウイルスが入ると通常は急性肝炎が起こりますが、治療をすることで血液検査でもウイルスが確認されず見かけ上ウイルスが完全消滅したようにみえますが、B型肝炎ウイルスはccc(covalently closed circular)DNAという形態に変化し肝細胞の核内に閉じこもって残っており、これが発がんに関与しているといわれています。したがって、既にこのウイルスに感染をして肝炎、肝硬変を発症している60代、70代の方のがんの発症はどんどん増えてしまうのです。
 反対に、若い世代のB型肝炎ウイルスの感染率は国の方策によって非常に低くなりましたが、覚せい剤などによる注射の回し打ちやタトゥーによって、日本に今までなかったような肝炎ウイルスが増え、急性肝炎で終わらずに慢性肝炎に移行してしまう人たちが増えています。このように問題はあるにせよ、大きな母体としてのウイルス性肝炎の感染数は減少することが期待されているという段階です。
 C型肝炎に関しては、日本では約200万人のキャリアが存在すると考えられています。C型肝炎ウイルスの感染は血液を介するものが主で輸血による感染が多かったのですが、現在では血液製剤のスクリーニングを行っており、輸血での感染は激減しました。現在は、針刺し事故、刺青、覚せい剤の注射器などが主な感染源です。C型肝炎の治療はインターフェロン併用療法が主なものですが、近年、多くの抗ウイルス薬が開発され、治療成績の向上が期待されています。


なぜ膵臓がんは症状が出にくい上、早期発見が難しいのでしょうか

 まず、膵臓がんの早期発見が非常に難しいのは体内の構造によるところが大きいです。膵臓というのは数の子のような形をしており、胃の後ろ側で十二指腸の彎曲した部分にぴったりと頭部を突っ込んでいます。このような構造から膵臓は胃袋のさらに後ろにあるために腫瘍を確認しづらいのです。さらに胃袋の中には食べ物や胃液だけでなく、食べた時に一緒に飲み込んでしまう空気も含んでおり、この空気が健康診断の際の大きな妨げとなります。人が立っている時、この胃袋の中の空気は軽いので上部に移動しますが、エコー検査で患者さんが横になると胃袋の前面に空気がきます。エコーは超音波なので空気の後ろ側が見えないため、横になって受けるエコー検査では(※3)後腹膜臓器である膵臓を確認しにくく、腫瘍を見逃しやすいのです。

このようなイラストを描きながら、
患者さんに説明をするという志村氏
 胃がんでは胃カメラに映し出される腫瘍を目の前で確認できますし、大腸がんでは検便をして便に血液が付着していたら大腸にカメラを入れれば、やはり腫瘍が確認できます。ところがこの肝胆膵領域というのは、カメラ検査を行っても腫瘍を直接見ることが難しく、特に腫瘍ができることが多い細い膵管や胆管などは通常のカメラで直接見ることはできませんので、早期発見が難しいといわれています。
 膵臓がんを発見するための手掛かりはいくつかあります。膵臓の十二指腸側から頭部、真ん中を体部、尾部と呼ばれており、尾部側に脾臓という臓器があります。この膵頭部に腫瘍ができると胆管を圧迫しビリルビンという黄色い胆汁色素が血中にたまるため黄疸になり、がん発見の手掛かりになります。または、腫瘍が大きくなって膵液の通り道である膵管を圧迫すると、膵液が出なくなり膵管が拡張することで痛みを生じます。エコーで見た時に、膵管の拡張がほんの少しでも確認できた場合には膵臓がんを疑いますが、やはり胃袋があるのでなかなか発見できません。この場合でも腫瘍が通り道を塞ぐほどの大きさにならなければ症状が出ません。もう一つは、がんが進むと大動脈の周りにある神経まで浸潤することによる背中の痛みがあります。この場合にはがんがすでに進行しており、手術による腫瘍摘出が不可能な状態です。膵臓がんには特定の腫瘍マーカーがなく、検査で直接的に腫瘍を確認できないため、このような何らかの間接的な証拠で我々はそれを発見しなければならないのです。


膵臓がんについて、早期発見のポイントが新たにわかってきたそうですね

 膵臓はインスリンという血糖を下げるホルモンとグルカゴンという血糖を上げるホルモンを生成し、血糖を調整しています。このインスリンの効きが悪くなったり量が少なかったりすると糖尿病になりますので、糖尿病は膵臓の働き具合にかかっています。この血糖値の急上昇や血糖値の調整不良の場合は、がんの可能性が非常に高いです。これは皆さんに是非知っていただきたいポイントです。例えば、今まで健康診断などで医師から血糖について指摘されなかったのに急に血糖が高くなった、糖尿病の治療をしていたのに急にインスリンの量を増やさなければ血糖値が下がらなくなったというケースです。従って、「血糖が高いから糖尿病かな」と放置するのではなく、急に血糖が高くなった時には必ずCTやMRIなどのエコー以外の検査を受けると良いと思います。ほとんどの方は血糖値が急に上がっても「もう中年だから糖尿病になるのはしょうがないな」とか「親もそうだったから」などと放置される方が多くいらっしゃいますが、是非調べていただきたいと思います。



肝胆膵領域の外科治療
この領域の手術はなぜ難しいといわれているのでしょうか

 消化器外科といっても大きく分けて二通りあります。一つ目は食道や胃、大腸という消化管を扱い、二つ目は実質臓器という塊を相手にします。一つ目の消化管については、切っても繋いであげれば終了しますが、実質臓器というのは硬さや柔らかさがあるので、非常に手術しづらい臓器です。特に膵臓は豆腐のように柔らかい臓器であり、十二指腸や胃、胆管、膵臓が集まる要です。例えば、腫瘍が膵臓の頭部にある場合、膵頭十二指腸切除術が必要になります。膵頭部を切除すると胆管の切れ端が残り、胃を全部残せたとしても十二指腸の切れ端が残り、膵臓が半分くらい残ります。そのため、数メートルある小腸をグルグルグルと上に引っ張り、胃袋、膵臓、胆管を再度繋ぎあわせなければなりません。このように再建が3か所と多いだけでなく、非常に細かい作業が伴います。例えば、膵臓の中心部には膵管という膵液を流す1-2mmの太さの管がありますが、通常よりも腫れていても径が5mm程度しかありません。この膵管を腸に持ってきて膵液が中を通る形に繋ぐのでミリ単位で縫い合わせ、さらに周辺の非常に柔らかい部分も縫い合わせていきますので、困難を極めます。
 手術に伴う合併症の発生率も高いですね。前述のように再建した場合、胃の流れが停滞する胃排出遅延を起こす場合がありますし、ほかにも胆汁の漏れや膵液という消化液の漏れが生じる場合があります。膵液が漏れると、膵臓の周辺にある大事な血管の壁を溶かしてしまうので大出血が起こります。手術を受けた患者さんの1%は、膵液が漏れて数ヶ月の入院が必要になってしまい、そのうちの1%の方はこの出血で亡くなってしまいます。膵頭十二指腸切除術を行う場合、このような重篤な合併症があるので、日本の平均在院期間は大体40日、つまり1ヶ月以上かかってしまうのです。

 

どのように合併症を回避し、長い在院期間を短縮されているのでしょうか

 我々の独自の術式を採用することで、通常4~5%ある膵液瘻という合併症の発生率をほぼゼロに抑え、在院期間を2週間に短縮することに成功しました。従来の術式ですと、残っている胃を横に繋ぐ手術が多かったのですが、我々の独自の術式により胃を直立させ重力によって流れをスムーズにすることで、胃排出遅延を起こりにくくしました(図1) 。また、手術後の患者さんの胃にチューブを入れることで胃の運動(蠕動)を測り、なぜ流れないのか、どのようにしたら流れるのかを検討しました。その結果、よく使われている自動縫合器という一気に縫い合わせることができる便利な医療機器を使わず、我々は腸をほんの少し重ね合わせてギリギリのラインで縫うことにしました(図2)。自動縫合器を使うと腸を縫うための縫い代が上下に必要になり、そこに3列のホチキスが止まっている状態になるため、その分食べ物が通る腸管が狭くなっていたのです。このようにこれらの試みによって胃排出遅延が非常に改善され、術後5日前後で食事ができるようになりました。
 膵液の漏れも防ぐことができました。以前はステントという細い管を挿入し、体の外に膵液を排出していましたが、このステントが抜けるのに約3週間以上かかります。そこで非常に短いチューブを体内に埋め込むロストステントを採用しました(図3)。吻合部の周囲には大網という脂肪のエプロンの様な組織を巻くこととしました。その結果、膵液の漏れがほとんどなくなり、無駄なステントを廃止することによって、胃がんや大腸がんの手術時と同じような在院期間2週間を実現しました(図4)。術後2週間での退院を達成しているのは、日本でも数えるくらいしかないと思います。当院の膵癌の患者さんで早い方は、在院期間10日でお帰りになりますので、非常に良いことだと思います。
図1
従来は上の段のように、胃の内容物が横向きに流れる吻合でしたが、下の段のように縦に流れるように吻合することが胃での停滞を防ぎます。
図2
胃と空腸の吻合に際しては、縫い代をできるだけ小さくしています。縫い代が大きいと右のように流出障害が起こります。
図3
従来はステントを短く切らずに空腸を通して体外に導出していました。
現在は左のように短く切って留置しています。
図4
手術後に胃液を体外に出しておく管(経鼻胃管)を鼻から入れますが従来法より早く抜けるようになりました。食事も術後早期に食べられ術後在院期間も短縮しました。

肝胆膵領域の集学的治療と研究
膵臓がんは外科的切除の適用範囲が狭いようですが

 がんの進行度を表すステージはⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと区別され、数が進むにつれ状態が悪くなっていきます。このステージは臓器ごとに異なります。私は医師になって25年ほど経ちますが、ステージⅠの膵がんは1例だけです。この患者さんの時は、たまたま他の病気でCTを撮った際、「膵臓に何かあるよ」と言われて調べたら見つかりました。ステージⅡの患者さんも本当に数えるくらいしかいらっしゃいません。ほとんどの患者さんはステージⅢ以上で、多くの方はステージⅣa、Ⅳbです。ステージⅣaであればなんとか手術ができますが、Ⅳbの場合はもう転移している状態ですので手術ができません。約6割の膵臓がんの方は手術ができないという非常に厳しい状況です。このようにほとんどの方は手術の適用外となり、内科で非手術的な抗がん剤や放射線照射による治療になりますので、我々外科の方にいらっしゃる患者さんというのは、実はラッキーです。
 膵がんの5年生存率が10%以下だということは、早期発見できない厳しい現状を反映しています。だからこそ、先ほどの血糖値の異変について必ず受診するよう患者さんにお伝えしています。この時点で発見できればステージⅡまたはⅢであるので、手術をすると6、7割の方は助かります。今後は啓蒙活動として市民公開セミナーなどに赴き、早期発見のための情報などを発信していきたいと思います。


外科的切除が不可能な場合、どのような治療を行っているのでしょうか

 遠隔転移した場合や局所進展という腫瘍がその周りに浸潤している場合、手術は適用できません。膵臓がんの6割の患者さんは手術ができない状態にあるため、手術前の術前化学療法として抗がん剤や放射線療法を行います。我々はこれを術前化学療法(Neoadjuvant chemotherapy)といい、放射線が加わると術前化学放射線療法(Neoadjuvant chemoradiotherapy)と呼びます。通常、放射線を全身に2Gy(グレイ)浴びた場合、人間は死んでしまいますが、局所であれば毎日当てても問題ありません。そこで癌なる局所に毎日2Gyずつ、週5日間照射します。放射線治療では抗がん剤治療をしながら、がんが進行している箇所だけに放射線を週5日間照射し、それを4~6週間継続します。この療法で腫瘍を小さくすることによって手術ができる状態にし、少しでも切除率を上げたいと思っています。


免疫療法を併用されているそうですが、どのような研究をされているのでしょうか

 膵臓は抗がん剤が効きにくいのですが、(※4)ガレクチンを遺伝子操作して発現量を減らすと抗がん剤が非常に効くようになります。アメリカに留学した先の先生がガレクチン3をクローニングされたということもあり、それから私はガレクチンの研究をしてきました。最近では、ガレクチン1やガレクチン9などのリンパ球の(※5)アポトーシスを起こす分野が非常に脚光を浴びており、それらは膵臓がんの抗がん剤感受性との関係があります。その発現を調整することによってがん細胞を死滅させられたらという思いから研究をしています。将来は、遠隔転移などで辛い立場にいらっしゃる方などに対して、さらに効果的な治療をしていきたいですね。今は胃がんになっても98%は助かりますので、この領域の患者さんもそのように助けることができればと思います。
 我々臨床医は目の前の一人しか助けられないかもしれません。しかし、これら研究によってパッケージとしてより多くの患者さんを助ける体制を作りたいと思っています。このような想いは難しい分野でチャレンジする者の支えだと思います。


貴院の腫瘍生体エレクトロニクス講座でも様々な研究・開発をされているそうですね

 当講座ではがんにおける手術療法や化学療法、免疫療法を開発しつつその基礎的な研究と生体エレクトロニクス計測を含めた新しい医療機器の研究、開発をしています。例えば、医療機器の開発では、動脈に針を刺して手術中の血圧を測定する従来の方法ではなく、パットを置くだけで血圧がモニターできる方法を開発しました。これをロボットに搭載すれば、看護師が回診ロボットとして連れて歩くことで患者さんの熱や脈拍、血圧などの生体情報が瞬時に記録されるので、このロボット一台ですべての回診が可能になります。
 当院の竹之下誠一 器官制御外科主任教授兼理事のもと、免疫化学療法を研究する柴田昌彦特任教授と工学を駆使した分析と計測をする寺嶋一彦特任教授、臨床を担当する私という連携で講座を進めています。私は器官制御外科学講座と兼任しているので、その講座の臨床の皆さんと協力しながら、患者さんの血液データなど様々なデータ集積を行っています。
 当大学ではこのような医産連携に非常に力を入れています。今年の11月20日~22日には当院 器官制御外科学が総会事務局を務める「第76回 日本臨床外科学会総会」を郡山市で開催します。この学会では福島という医療産業集積拠点としての象徴的な取り組みである「メディカルクリエーションふくしま」と一部併催します。そのため、医療産業の優れた技術や製品をご覧いただき、臨床側からの新しい機会を創出できるのではと思います。工学の専門家や医療機器メーカーの方が持つ「医師はどのようなものがほしいのかわからない」「臨床に活かしたい技術があるのに誰に聞けばいいかわからない」という悩みと医師の持つ「こんな技術があれば・・・」という希望を話し合う場に繋がればと楽しみにしています。


臨床試験にご協力いただく場合、患者さんに対してどのようなことを心掛けているのでしょうか

 いかに患者さんに対して透明性を確保するかということが重要です。そのため、当院で行う臨床試験では当院の倫理委員会を通り、さらに患者さんに承諾を得たものだけを行うようになっています。例えば大腸がんが進行した場合、切除しても再発してしまうケースがあります。その際、抗がん剤の組み合わせ治療を行いますが、中でも有名なのがフォルフォックスという抗がん剤治療です。使用する薬の中でオキサリプラチンという薬は箸も持てないくらいに手に痺れが生じます。これに対して、クレスチンという薬で痺れを取れないだろうかと柴田特任教授はずっと研究してきました。この臨床試験を行う際、患者さんには投薬する人としない人がいるため、患者さんに不利益が生じる場合があることや、薬が患者さんの体質に合わず調子が悪くなった場合でも自費で治療しなければならないことなど、臨床試験で起こり得るすべてを開示します。その上でご協力いただいた患者さんであっても、途中で「やっぱりやめたい」と言われたら瞬時にやめなければなりません。一番大事なのは誠意をもって我々の知っているすべてを患者さんにお話することです。これは研究に限らないと思います。この肝胆膵の分野は患者さんの状況が厳しいため、初めてお会いした段階で「あなたの予後は何もしなかったら半年です」と言わなければならない場合が6割あるわけです。だからと言って患者さんに嘘を言っても、患者さんご自身が一番わかっていますので何も良いことはありません。基本は「すべて真実を話す。話した以上、最後まで責任を取る」ということに尽きると思います。「手術ができないので内科に行ってくださいね」と言うのは簡単ですが、「今、手術はできませんがこういう方法で手術ができるようになるかもしれません」と最後まで責任をとりたいですね。
 我々の仕事は、明るいプラスの世界から病気を患ってマイナスの世界に落ちてしまった方々が普通の生活を送れるように背中をポンと押すことです。患者さんに厳しい病状をお話すると、皆さん頭が真っ白になりますし落ち込みます。しかし、人間というのは思いのほかすごいもので、命という限られた時間を見つめることで自分のやりたいことができる状況にしようと努力されます。その辛い中でもさらに素晴らしいことを見つけられた患者さんを私は見てきました。この領域の進行した病状では「退院、おめでとうございます。良かったですね」と患者さんと会話ができるのはほんの一部ですが、最後の最後まで一緒に病気に立ち向かう仲間でいられたらいいなと思っています。



若い世代に向けて
医学の進歩に伴い、教育において学生に求められる知識や能力は変化しているのでしょうか

 医学の世界では膨大な量の情報が毎年生まれるため、医師国家試験に合格するための覚えるべき必要事項が毎年増えています。今まで「原因不明」で済んでいた病気であっても、新たに遺伝子が判明することで、翌年にはその遺伝子の名前や何番の染色体に乗っているのかというところまで知らなければなりません。そのため、私たちが学生の皆さんに一番伝えたいことは、全部覚えるのではなく一番の基礎を押さえるということです。なぜこのような症状が起きるのか、なぜ黄疸になるのか、なぜビリルビンが貯まると黄色くなるのかは、医学部に入って最初に教わる解剖や生化学、生理学がすべてを説明してくれます。これは学生さんが一番つまらないと思う分野かと思います。学生さんはよく「早く臨床に行きたい、早く手術室に入りたい」と言いますが、臨床のことを知るためには一番ベーシックなことを徹底的に覚えることが肝心です。
 例えば、動脈の圧力の単位をご存じでしょうか。血圧の単位は mmHg(ミリメーターマーキュリー)でミリメートル水銀柱とも呼ばれており、水銀を何ミリ持ち上げるかという圧力を表しています。水銀の比重は13.6、1㎤の水は簡単に言うと1gなので、1㎤の水銀は13.6gですね。これをcmに直し血液の重さに合わせると136cmですので、私が手の動脈を切ると血液が136cm上がるということになります。静脈では、圧力が10mmHgであれば13.6cmで止まるはずです。出血した静脈を心臓より13.6cm高くしてあげればもう出血しないという理屈になります。このように単位をイメージすることが診療のヒントにつながります。また、この部分には血管がないという解剖の知識があれば、そこを割いても出血しません。このように基礎分野のエッセンスをいかに応用できるかが治療のすべてであると同時に、基礎ですべてを説明できるのです。そのために、頭のなかに引き出しをきちんと作り必要な時に取り出すことができれば、全部の情報を覚えなくても目の前の患者さんの症状を的確に把握し、最善の治療法を導くことができます。


肝胆膵領域に求められる医師像はなんでしょうか

 患者さんが好きであることですね。この分野は手術時間が長いうえ、合併症は普通の臓器より頻度が多いので難しい分野だと嫌厭されがちですが、そういう方であればどなたでも大歓迎です。
 私がこの領域を始めた当初、手術をしたら患者さんに何が起こるかわからないため、大学に一週間ほど泊まり込みをしていました。その経験を100例、200例、300例と積んでいくと「もし何か起こるとしたら恐らく術後5日目以降だろうから、その時の体力を取っておくために今日は帰ろう」とポイントがわかってくるんです。昔は闇雲に大学に毎日泊まっていたので「もう肝胆膵外科には行きたくない」という学生がたくさんいましたが、今では術後の合併症も減り、泊まり込みをする必要も無くなりました。チャレンジ精神があればこんなに勉強しがいのある分野はないと思います。


今後の展望をお聞かせください

 福島県立医科大学では日本で初めてPET -MRIという最新機器を導入しました。この機器はPETによって腫瘍の個所を赤く光らせそれをMRIで撮像できる画期的な機器ですので、様々な疾病の早期発見や早期診断が可能になります。これらすべての取り組みから「5年生存率の10%をどう改善していくか」がこの分野の一番のチャレンジングだと思っています。そのためにもがんの早期発見に向けて、そして、福島にいる責任として、県民の方々の健康を飛躍的に伸ばす努力をしていきたいと思います。福島は災害で大変な思いをし、未だに多くの方が不自由な生活を強いられています。しかし、福島には今後、放射線関連の世界的権威が集まり放射線に関連した研究施設が建設されますので、ネガティブをポジティブに変えるチャンスとして捉え、福島から新しい情報を発信していきたいと思っています。



※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
志村 龍男氏(しむら たつお)

役  職 (2014年9月1日現在)
 腫瘍生体エレクトロニクス講座 准教授
 肝胆膵・移植外科副部長

資  格
 日本外科学会専門医・指導医
 日本消化器病学会専門医・指導医
 日本消化器外科学会専門医・指導医
 日本がん治療認定医機構認定医・暫定教育医
 日本肝臓学会専門医
 消化器がん外科治療認定医
 日本肝胆膵外科学会高度技能指導医

所属学会
 日本消化器発癌学会
 日本臨床外科学会
 日本経腸静脈栄養学会
 日本臨床腫瘍学会
 日本消化器内視鏡学会
 日本内視鏡外科学会
 日本膵臓学会
 日本肝臓学会
 International College of Surgeons
 The Transplantation Society
 American College of Surgeons
 American Gastroenterological Association
 American Association for Cancer Research
 日本消化器病学会
 日本癌学会
 日本消化器外科学会
 日本外科学会
 日本肝胆膵外科学会
 


 公立大学法人 福島県立医科大学

 〒960-1295 福島県福島市光が丘1
 TEL:024-547-1111(代表)
 URL:公立大学法人 福島県立医科大学ホームページ





◆用語解説◆

※1 垂直感染

ウイルスが母から胎児へ伝播される感染様式。母子感染ともいう。

※2 キャリア

病気をひき起こす細菌やウイルスを体内に保有している人のこと。「保菌者」とも呼ばれる。

※3 後腹膜臓器

後腹壁の壁側腹膜より後方にある臓器。後腹膜臓器には十二指腸、膵臓、腎臓、副腎、尿管、下大静脈などがある。

※4 ガレクチン

糖鎖に結合活性を示すたんぱく質でレクチンという糖結合性タンパク質の一種

※5 アポトーシス

多細胞生物を構成する細胞にプログラムされた能動的な細胞死。個体を良い状態に保つために積極的に引き起こされる。
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