情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2014年10月1日掲載)

公立大学法人 福島県立医科大学
会津医療センター漢方医学講座 准教授
鈴木 朋子氏


現代医学と漢方医学、
それぞれの特徴を生かした医療モデルを会津から世界へ

 県立会津総合病院と県立喜多方病院が統合し、福島県立医科大学会津医療センターとして新たに誕生(2013年5月)してから1年が過ぎた。今回は、専門領域に特化した高度な医療の提供を目指し、会津医療センターに設置された専門センターの一つである「漢方医学センター」漢方医学講座准教授の鈴木朋子氏に話を伺った。同漢方医学講座は、「漢方医学(湯液と鍼灸)の再発掘と正しい発展を図る。漢方医学と西洋医学が融和(※1)した新たな日本型医療体系を構築し、発信する」ことを基本理念に掲げており、大学附属病院として最先端の漢方医療の提供、教育、研究の場として大きく期待されている。鈴木先生は、「現代医学と漢方医学のそれぞれの特徴を生かした医療体系や連携モデル、そして研究モデルを、この会津から世界へ向けて発信し続けていくこと」を目標に、強い使命感を持って日々の診療、教育、研究にあたっている。


医療体系と連携
漢方医学センター(漢方内科・漢方外科)の特色を教えてください

 当漢方科は、湯(とう)液(えき)(漢方内科)と鍼灸(漢方外科)の二本立てによる診療が特色です。日本で漢方という言葉が使われるようになったのは江戸時代頃からといわれていますが、漢方は、今から約1500年前に日本に伝来した古代中国医学が日本独自の医学として熟成し、発展を遂げた伝統医学です。元来、古代中国医学では湯(とう)液(えき)診療と鍼灸診療を両輪としていますが、日本の漢方診療にその両輪を取り入れている医療機関はとても少ないため、このことが当漢方科の大きな特色になっています。また、当漢方科では漢方薬の基本剤形となる煎じ薬を用いた診療(外来・入院ともに保険診療)を行っており、重症あるいは難病の患者さんの診療に力を入れています。漢方にはいくつかの剤形があるのですが、一般に多く普及しているのは粉薬の医療用漢方エキス製剤です。これに対して煎じ薬の場合は、生薬の加減などによって調合の幅は無限になりますので、患者さんの病態や体質に合わせたオーダーメイド治療も可能です。このように当漢方科は、煎じ薬を用いた湯(とう)液(えき)治療と鍼灸治療の両輪を活かした診療で高い治療効果を上げています。
 近年、漢方は徐々に市民権を得るようになってきました。そのきっかけの一つには、1976年に医療用漢方エキス製剤が健康保険適用になったことが挙げられると思います。ただ、現状を見ていると漢方薬と漢方医学の間に乖離があるような印象も受けます。そこでは医療現場において漢方薬だけが独立して流布している状況が見られ、漢方医学診療を現代医学に取り入れることに対してはまだ抵抗を持つ医療者が多いのが現状だと思います。

 私は、世界標準で物事を考えたときに、漢方は日本の伝統医学として大変強いメッセージ性を持つと思っています。それに世界中を見ても日本のように医学教育が一元化されていて、現代医学と漢方医学の両方を学ぶことができ、さらにそれを一種類の医師免許を取得することで診療が可能な国は他に類がありません。こうしたことからも、私は現状を払拭していく必要があると考えていますので、当医科大学に漢方医学講座が開設されたことや、さらに附属病院の中に入院設備を持つ漢方医学センターが開設されたことが、一つその打開の糸口になればいいなと思っています。


準備室設置からの時間を合わせると今年(2014年)で漢方科の開設から4年目になりますが、他の診療科との連携についてはいかがでしょうか

 当漢方科では、現代医学と漢方医学の得意な部分を生かしながら両医学を融和(※1)させていくことを大事に考えています。これについて当会津医療センターは、各診療科間の連携に関して非常にオープンで、私たちも他科の先生方と積極的に連携を図りながら診療を行うことが出来ています。例えば、最近では緩和病棟の先生が湯(とう)液(えき)と鍼灸の両輪という当漢方科の特色をよくご理解くださっていることから、円滑な連携が図れています。また、消化器外科の先生方の積極性が非常に高いことから、消化器外科治療と漢方を組み合わせた特色のある治療を行っています。消化器外科の先生方は当漢方科の開設以前から、外科手術における術後せん妄(経口摂取不能時期)の患者さんに対する抑肝散(よくかんさん)坐薬の院内製剤を作成し、その安全性と効果を検討されることなどのことを始められていましたので、私たちもその積極性には驚くほどです。鍼灸部門では、消化器内科とのコラボレーションとして、検査時の消化管ぜん動を抑制する臨床研究を立ち上げるべく準備中です。


これまでの漢方治療による印象的な症例を教えてください

 血液内科の患者さんで印象に残っている方がいます。その患者さんはがんの化学療法の後に起こった末梢神経障害により、3年以上退院できない状態が続いていました。そこで、この患者さんに鍼灸治療を取り入れたところ、劇的に回復して退院に至ったのです。
 私たちは、漢方によって高い治療効果が出せるという強い信念を持って取り組んでいますので、そういう面では一つバイアスがかかっていると言えるかもしれません。だた、当漢方科では、これまでに印象的な症例を数多く示すことができており、その効果は明らかです。


先生は呼吸器内科も専門ですが、両医学をどのように用いて診療されているのでしょうか

 現在、私は漢方外来2コマと呼吸器外来1コマを担当し、呼吸器科では検査などにも参加しています。呼吸器科において両医学での診療を進める場合は、現在のところ呼吸器科の診療の中に漢方診療を用いて診るようにしています。具体的には、最初に現代医学的な診察を行った後、漢方医学的な診察を行う形で切り替えています。私がこのように両医学を用いて診察を行う理由は、両医学の融和(※1)を大事に考えているからです。
 呼吸器疾患では、進行した慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:以下COPD)(※2)の患者さんなどの栄養障害が深刻です。これは疾患による呼吸機能の低下などを補うため、患者さんは呼吸筋のエネルギー消費が増加してしまうのですが、その一方で食欲の低下などからエネルギー摂取量は低下していくということが起こり、栄養障害(やせてしまう)の問題が生じます。COPDなどの患者さんはグレリン(ghrelin:国立循環器病センター研究所の生化学部で1999年に発見された、新しい成長ホルモン分泌促進ペプチド)の分泌が少ないことから、現在この栄養障害を改善するためにグレリンを投与する臨床治験を開始している機関があります。例えば、こうした例について漢方医学的にみていくと、六君子湯(りっくんしとう)という漢方薬にはグレリンの分泌を増やす効果があるといわれていますので、漢方治療を一つのチョイスとして考えることもできるのではないかと思います。鍼灸師の鈴木雅雄准教授は、こういったCOPD患者さんの鍼灸治療の第一人者です。こういったコラボレーションも将来、積極的にすすめていきたいと思っています。


 

漢方薬への理解
漢方薬に対する正しい理解や副作用問題について、先生はどのようにお考えでしょうか

 私がこれまで漢方診療を行ってきた中で、漢方は呼吸器疾患に非常に合うと思っています。ただ、呼吸器を専門とする医師の中には、過去に一部の漢方薬に起因する薬剤性肺障害(薬剤を投与中に起きる呼吸器系障害)が取り上げられたことにより、漢方薬に対して否定的な方もいます。当初、「漢方薬は副作用が生じにくい」という一般論がありました。漢方薬が普及していく中、それに伴い副作用の症例も報告されるようになるとそのイメージは一転し、今度は大変危険な副作用があるという考えが広がったのです。これに対して患者さんや一般の方たちは、今も漢方薬は副作用が生じにくいと思っている方が目立ちます。
 そこで私がお伝えしたいことは、漢方薬の副作用は西洋薬と同等です。つまり、それはどちらの薬剤においても同じように副作用を引き起こす可能性がある、ということです。ですから患者さんや一般の方にも正しい認識を持っていただきたいと思っています。また漢方薬を使用する医師として、常に作用も副作用も意識した診療を心がけたいと思っております。その例として、私たちのところでは初診の患者さんに少しでも薬剤性肺障害を疑うようなこと(例:喫煙歴やびまん性肺疾患の既往など)があれば、積極的に間質性肺炎の血清マーカーや胸部CTなどによる検査を行います。そしてその結果を見て引き続き自分たちが患者さんを診ることができるのか、あるいは専門医のコンサルトを受ける必要があるのかを判断します。
 現代医学と漢方医学を融和(※1)させていく上で大事なことは、お互いを対等なパートナーとして見ることで円滑な診療を進めていくことです。 それがうまくいかなければ医療者間あるいは医療者と患者さんの間に齟齬をきたしてしまい、結果として患者さんに不利益が生じてしまいます。そうしないために私たちは、そこにある課題を少しでも解決しながら正しい認識の普及に努めたいと思っています。また、そのような中で、私たちには総合病院以外のところで漢方薬を使用する医療者に対して、副作用の問題までフォローアップをする務めがあると考えます。そうした医療者が漢方薬を処方した後、どこまで責任を持って患者さんを診ていくのかという部分について、緊張感を持って見守りながらフォローアップしていきたいです。



漢方医学教育
漢方診療は専門でなければ難しいといわれる面もあるようですが、先生はどのように思われますか

 漢方の初診は、患者さん一人につき約30分~1時間の診察時間を要します。そこで私たちは、五感をフルに使いながら四診(望診・聞診・問診・切診)(※3)とよばれる診察を行い、患者さんの情報を得ています。例えば切診は、私たちが直に患者さんに触れて診察をすることですが、そうしたいわゆる「手当て」という部分は、現代医学で忘れられてしまったことのように感じています。でも、実際にそこで得られる情報というのは、とても大きいのです。こうした診察方法が現代医学と漢方医学の一番の違いになると思いますが、だからと言って決して私たちは何か特別な腕を持っているわけではありません。
 漢方診療で大事なことは、“医師が感じる感覚”というものを呼び起こすことです。私は、そういう意味で言うと四診が医者の感覚を呼び起こすための一つの手段になると思いますので、現代医学で用いる聴診器などと同じ一つのアイテムとして考えています。ですから漢方診療は特別なトレーニングを受けた医師にしか行えないわけではなく、そうした考え方を踏まえた医師が行うことが大事なのではないでしょうか。これまで漢方診療が難しいといわれてきた理由の一つには、漢方医学教育を行う場が確立されていなかったことがあると思います。また、漢方は治療学であることから“治った”“治らない”ということにより診断の正否が明らかになります。それは漢方医学の特色の一つでありながら、一方で難しいといわれてきた所以であるのかもしれません。


先生は漢方専門医としての役割をどのようにお考えでしょうか

 漢方専門医とは、研修年限は「わが国の医師免許証を有し、日本専門医認定機構の定める基本領域に属する学会の認定医あるいは専門医を有し、3年以上継続して本会会員で所定の単位数(7単位)を取得し、本学会が定める研修施設で3年以上東洋医学の臨床に修練を積んだ者」。認定方法は、「50症例の一覧及び、そのうち10症例の臨床報告を提出し、毎年1回の認定試験(筆記試験、口頭試問)に合格すること」(「 」内は日本東洋医学会HPより引用)とされています。現在漢方を学習している医師の中には、研修のみを受講して認定試験は受けていない方もたくさんいます。漢方は、先ほどお話したように専門医の認定を受けなければ診療できないわけではありませんので、私は専門医の認定を受ける道が全てではないと思います。ただ、そこで専門医の認定試験に合格するぐらいまで研修を積むことは非常に大事なことなので、研修を積んでいる先生方には積極的に漢方医学を用いた診療を行っていただきたいです。そうした中で私たち専門医がすべきことは、経験値や研究等を積み重ねることにより漢方医学の底上げに貢献することです。私も漢方専門医の一人としてその役割を担っていきたいと思っています。


福島県立医科大学における漢方医学教育体制を教えてください

 日本の医学部における漢方医学教育は、2001年に文部科学省の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」という医学教育のガイドラインに組み込まれ、2004年からは全国の大学医学部・医科大学で漢方医学教育が実施されています。
 現在、福島県立医科大学では、卒前漢方医学教育と卒後漢方医学教育を実践しています。まず、卒前漢方医学教育は2年次から(2014年度から)講義が入り、それから4年次までに計22コマの講義と臨床実習(BSL:Bed Side Learning)が実施されます。当医学部のコマ数はカリキュラムが始まって以来最大数ということで、それは大きな特色です。臨床実習(BSL)は5年次(初期)実習プログラムで、当会津医療センターで2週行われ、そのうちの1週が内科系で漢方は2日間あります。それから6年次(後期)はアドバンストコースになっていて、総合内科と連携または漢方のみを2~4週間で選択できるようになっています。また、卒後漢方医学教育は、初期研修医向けには日本の臨床医に必要な基本知識として概念、適応、副作用。後期研修医向けには総合診療医に必要な知識と技術として、日常的な疾患に対する湯(とう)液(えき)や鍼灸の臨床応用と漢方専門医の育成、というように段階的に目標が設定されています。
 その他、当漢方医学講座では、医学部教員育成(漢方担当)のための教育や、鍼灸師向けに医療専門職として必要な教育指導を行うことを目指して研修生の採用などを行っています。また、問い合わせが多いこともあり、既に数十年のキャリアをお持ちの先生方向けの漢方講座や、三潴教授による出前講座を集中的に開催しています。



会津から世界へ
貴漢方科では地元産の生薬を使用しているそうですが

 福島県の会津と言えば、「オタネニンジン(薬用人参)」です。現在、当漢方科では会津産の薬用人参を煎じ薬に使用しています。生薬の安全性や安定供給を考えると国内産が望ましいこともあり、当漢方科では可能な限り地産地消または国内産を使用したいと考えています。こうしたことから私たちは、会津の気候風土に合った生薬作りを支援していきたいと考えているのですが、現状ではそこに課題もあります。それは薬価が低すぎることから採算を取るのが難しいということがあり、生産を積極的に進められないことです。このような問題は私たちには手の届かないことでありますが、現状で出来ることを続けながら、まずは薬用人参を以って一つのモデルを作り、発信していきたいと思います。


今後の展望をお願いします

 当漢方科は、現代医学と漢方医学の融和(※1)をはかることを目標としていますので、その体系を確立させていきたいと考えています。極論を申し上げますと、私は漢方に適応のある全ての患者さんに対して、両医学を用いた隔たりのない診療を行うことが望ましいと考えていますので、将来的には日本の医療がそのように変化していくことを望んでいます。ただ、これは何十年というスパンを経て実現できることだと思いますので、私はそのファーストステップに挑み、礎を築いて行くことが目標です。
 また、当漢方科としてできることは、これまで教授の三潴医師が行ってきた「個の医療」である漢方医学の特質を大事にしながら、これからも質の高い症例報告(case report)やそれらに使用されている漢方薬についての記録を残しながら発信していくことです。そして今後は、それと同時に質の高いエビデンスの構築のために臨床研究を立ち上げ、いわゆる集団化して効果があることを流布していくことも必要だと考えています。
 このようにしていくつかのテーマを走らせて行くことで、現代医学と漢方医学のそれぞれの特徴を生かした医療体系や連携モデル、そして研究モデルを、この会津から世界へ向けて発信し続けていくことが私の理想であり、目標です。



※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
鈴木 朋子 氏(すずき ともこ)

役  職 (2014年10月1日現在)
 福島県立医科大学会津医療センター
 漢方医学講座 准教授

専門分野
 総合内科、呼吸器内科一般、漢方診療

資 格 等
 医師
 医学博士
 日本内科学会認定医
 日本呼吸器学会専門医
 日本呼吸器学会指導医
 日本東洋医学専門医  


公立大学法人福島県立医科大学
会津医療センター

 〒969-3492
 福島県会津若松市河東町谷沢字
 前田21番地2
 TEL:0242-75-2100
 FAX:0242-75-2150
 URL:公立大学法人福島県立医科大学
    会津医療センターホームページ




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◆用語解説◆

※1 東西医学の融和

ここでは、東洋医学と漢方医学を同意で使用している。漢方医学の起源は、中国由来の医学・医療で、6世紀に日本へ伝来して以来、日本で熟成された日本独自の医学である。一方の現代医学は、西洋医学を基礎としており、両医学は診療において診察方法や治療法など様々な点で違いがある。それぞれの特性を活かした医療が東西医学の融和であり、日本独自の医療体系ともいえる。

※2 慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)

これまで慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた病気の総称で、近年は肺の生活習慣病ともいわれている。タバコの煙などの有害な物質(空気)を長期にわたり吸入曝露することにより肺に炎症を生じる炎症性疾患。最大のリスク要因は喫煙習慣、喫煙歴、(受動喫煙も発症の原因になる)といわれ、患者数は世界的に増加傾向にある。

※3 四診(望診・聞診・問診・切診)

弊誌連載企画記事(はじめての漢方)をご覧ください
問診    :http://iryojin.com/doc/special/kanpou/04kanpou.pdf
望診・聞診:http://iryojin.com/doc/special/kanpou/05kanpou.pdf
切診    :http://iryojin.com/doc/special/kanpou/06kanpou.pdf
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