情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2016年2月1日掲載)

福島県立矢吹病院
院長 横山 昇 氏


公的病院としての役割を果たし、
あるべき精神医療の在り方を目指す

 高齢化社会や医師不足等の社会的課題は、近年、医療において地域で支え合う地域包括ケアや早期発見・早期治療を含めた予防医学等への対応を求めてきた。精神医療の分野においても、平成16年に厚生労働省精神保健福祉対策本部が提示した「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では、精神疾患患者の「入院医療中心から地域生活中心へ」という方策を推し進めていくことが示された。また、これを実現していくためには「国民の意識の改革」、「精神医療体系の再編」、「地域生活支援体系の再編」、「精神保健医療福祉方策の基盤強化」が必要とされている。福島県の矢吹町にある福島県立矢吹病院は、入院中心の医療が主流だった病院開設当初の精神医療において、早い段階から社会復帰を目指した治療に力を入れ、公立病院としてそうした国や県の方策に則った医療を通して福島県の精神医療を支えてきた。今回、同病院の院長である横山昇氏に話を伺い、60年間公的病院として担ってきたその役割についてや、今後目指していく精神医療の在り方について話を伺った。


精神疾患と診療科の分類について
一般の方には誤解の多い精神疾患について正しく理解をしてもらうため、まずはその分類を教えください

 精神疾患の分類には、WHOが公表している「疾病及び関連保険問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:以下ICD)」やアメリカ精神医学会が提唱している「精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:以下DSM)」などによる分類もありますが、我々が日常診療の場において多く用いる従来診断による分類で理解してもらうのが一番わかりやすいと思います。
 これは昔からの分類法で、精神疾患を原因別に大きく3つに分類します。

 大きく分けた1つ目は外因性精神障害です。これは脳やその他の身体疾患あるいは有害な薬物が原因で生じる精神疾患です。外因性精神障害はさらに、脳器質性精神障害と症状性精神障害、中毒性精神障害に分けることができます。脳器質性精神障害は、大脳や小脳を含めた脳そのものに、例えば脳出血や脳梗塞などの脳血管障害等明らかに画像診断等で診断できる器質的な病変があって、それが原因で精神障害が生じてきたと考えられるものです。次に症状性精神障害は、脳以外の別の部位に生じた疾患により起こる精神障害で、代表的なもので言うと、甲状腺ホルモンの異常です。そのホルモンの量が多かったり、少なかったりすることで、それぞれ特徴的な精神障害が引き起こされることが知られています。もう一つの中毒性精神障害は、アルコールの摂取や、違法な薬物や有機溶剤等の禁止されている薬物の摂取によって引き起こされる二次的な精神障害です。
 大きく分けた2つ目は内因性精神障害です。これは脳の中に原因があると言われていますが、その明らかな根拠は発見されておらず、原因は未だはっきりしていません。この内因性精神障害は、通常我々精神科医が一番多く扱う疾患で、その一つが統合失調症、もう一つが躁うつ病、あるいは気分障害や感情障害という呼び方をしている疾患です。この二つの内因性精神障害に加えて、それらが混在している統合失調感情障害という疾患も有名です。
 大きく分けた3つ目は心因性精神障害です。これは診断の際に上述の外因性精神障害にも内因性精神障害にも該当せず、明らかにストレスが原因であると考えられる精神疾患です。代表的なものはいわゆる神経症で、神経症圏の疾患は不安障害や強迫性障害、解離性障害など非常にたくさんあります。また、いわゆるストレス社会と呼ばれる現代社会の状況から、これからどんどん増えていくと考えられています。


精神科と混同されがちな心療内科や神経内科との違いについてご説明ください

 精神科の診療対象が主に先ほどの精神疾患なのに対して、心療内科や神経内科は対象疾患が異なります。
 まず心療内科では主に心身症が治療の対象となります。心身症は心と体が密接に関係して生じる疾患で、代表的なところでは、ストレスによる胃潰瘍や十二指腸潰瘍、あるいはストレスに起因すると思われる喘息やある種のアレルギーなどがあります。これらの心身症は、体だけ治してもよくならないので、患者さんの負担になっていると思われるストレスを取り除く、あるいは回避させる、あるいは和らげるといういわゆる精神科的なアプローチを体に対する治療と並行して行っていく必要があります。心療内科を担当している医師の多くは内科医と考えて良いと思います。また、神経内科では脳血管障害に起因するしびれやめまいなどの神経症状を扱います。脳神経系に起因する神経系の病気を診る診療科と考えてもらえば良いと思います。



公的病院としての診療体制・診療内容
県立病院であり、公的な病院である貴院の役割をお聞かせください

 当院は、公的病院として、民間病院では介入できない医療分野を補う役割を担っています。民間では手を出せないけれども、社会的に介入が必要となる領域というものが医療の世界にも必ずあります。精神医療を充実させていくためには民間病院の力も非常に大きく、その存在なしでは精神医療の提供体制を整備できませんが、彼らだけでは抜け落ちてしまう面がありますので、そこを相互補完的に上手く連携を取りながら共同してやっていくことが必要です。
 そうした社会からの要請による国や県からの方策に則った医療を政策医療と言い、当院で担う医療は主にそれに準ずるものですが、その領域に対して民間病院が手を出せない一番の理由は採算が取れないということです。しっかりやろうとすると人件費のほうが遙かに大きくなってしまう。つまりそれだけ人手が掛かる領域なので、マンパワーの問題が非常に大きくなってくるのです。民間病院に比べると当院の精神医療に関わるスタッフは多いように見えるかもしれませんが、それでも十分とは言えません。特に足りていないところとしては、医師と精神保健福祉士(※1)です。医師については、例えば夜間救急において強制入院が必要となる場合、精神保健指定医(※2)の判断が必要となりますが、現在のスタッフ数では毎日精神保健指定医が当直を行うことができません。そのため、受け入れを断らざるを得ないケースというのもあります。
 そうしたマンパワーの問題はありますが、当院では社会の要請に応えていくため、開設当初から社会復帰に治療の重点を置き、さらに近年では思春期外来の開設や、地域の行政・住民のためのアウトリーチ事業等を始めるなど、我々にできることを一つ一つ広げております。


貴院でよく診る疾患やカバーエリアを教えください。また、貴精神科を受診された場合、どういった流れで診断を受けることになるのでしょうか

 まず当院ではどんな疾患の診療が多いかというところからご説明します。入院患者さんについては、疾病分類でいうと9割前後は統合失調症ですが、外来は敷居が低くなったこともあり、不眠症や神経症圏の方たち、あるいは、軽度のうつ病の方など非常に多種多様な患者さんがいらっしゃいます。また、外来にいらっしゃる患者さんとしては、県南地区を中心に南は栃木や茨城から、北は宮城、山形など近隣の県からも通院される方は珍しくありません。そうした方々は、以前この地域で生活していたけれど転居してしまった方や、あるいはインターネットで当院のHPを見て来院される方もいらっしゃいます。
 次に実際の診断の流れについてですが、まずは除外診断をしていくというのが普通の流れです。この方法は、冒頭に述べた3つの原因による疾病分類をもとに、外因性、内因性を順に除外していくことになります。具体的には、まずは外因性精神疾患の中の脳器質性精神疾患の否定をするため、画像診断や脳波検査などを行い原因を見極めます。また、例えば甲状腺ホルモンが原因である可能性が疑われれば、それを確かめるため血液検査等も行います。
 次に内因性精神疾患に該当するかどうか、統合失調症や躁うつ病の症状の現れから診断していきます。このとき、ICDやDSMでは診断基準が明確にされていますから、そういうものを参考に進めていきます。そういった手順を踏みながら、様々な疾患の可能性を除外していき、最後に残ったのは心因性の精神障害ということで、その中の例えば心身症なのか、あるいは神経症なのか、その他のものなのか、というふうな手順で診断を付けていくことになります。
 ですが、精神疾患はCTや血液検査だけで診断が確定できない難しさがあり、私も、もう何十年もこの仕事をやっていますが、診断に迷わざるを得ないケースも非常に多いです。例えば、うつ病でも、その原因は様々で、内因性疾患としての躁うつ病あるいはうつ病としてのうつ状態もあれば、お年寄りですと認知症に伴う前駆症状としてのうつ状態であったり、あるいは統合失調症の初発症状としてのうつ状態という場合もあります。そういうこともあり、診断が確定していない段階では、患者さんやご家族へ現在考えられる病名をいくつか伝え、その中で一番疑わしい疾患とそれに対する治療薬の提案をします。そして投与した薬に対する反応性を見ながら、必要に応じて再度詳しい生活歴や病歴などを聴取し、診断が合っていたか確かめながら治療を進めていくことになります。


そうした難しい診断に対して、先生が何か工夫されていることなどはございますか

 診断をしっかり行うには、医師と患者さんやご家族との信頼関係の構築が必要です。診断のための情報を得るには、患者さんやご家族などからしっかり話を聞く必要がありますが、我々と彼らとの信頼関係ができていないと情報を伏せられたり、あるいは嘘を言われたりということもないとは言えません。そこで私が工夫している点としては、相手の年齢や性別などに関係なく、一人の人間として真摯に向き合うようにしています。一般的につい、それらの要素や、外見や言葉遣いなどにより、自分の人生経験の中で無意識にその人を決めつける方向に働いてしまうものがありますが、そこに捕らわれずどんな人であろうと一人の人間としてとにかく真摯に、なるべく多くの語りかけをして、多くの返答をいただけるよう時間をかけながら信頼関係を築いていきます。どうしても初診の方は、精神科ということでなおさら構えているところがあります。ですから場を和ませ、リラックスできる雰囲気にするように、私の場合だと少しジョークを挟んでみたりしながら、相手と同じ目線の高さで向き合い、目を見ながら「もっとお話を聞かせてください」という思いが伝わるように、仕草なども含めて心がけています。
 私自身の強みとしては、ご家族の方の辛さや苦労を実体験から共感できるということにあるかと思っています。医師になる以前に、精神症状によって身近な人の態度がすごく変わってしまうということを私は体験しました。そのため、ご家族の立場に立って、その戸惑いや怒りや苦しみに対して折を見て助言することができます。患者さんと一緒に受診なさったご家族を見れば、やはり相当辛い思いをしているなというのが、実体験に基づく独自の嗅覚でわかります。実際、ご家族から、患者さんの診療とは別に相談を受けるということも決して珍しいことではありません。そうしたご家族の本当に人に言えないような苦しみまで想像し、そこに手を打てるというのが私の一番の強みかなと思います。


次に、チーム医療における医師の役割と、貴院のチーム医療についてお聞かせください

 チーム治療における医師の役割としては、医学的な判断が最も大きいところになります。治療においては、病気の状態を判断し、良い方向に向かっているのか、そうでないのか、あるいは症状を隠しているかどうか等を見極め、その状態に合わせて薬の処方の変更を行ったりすることが必要ですが、そうした医学的な判断が我々医師の大きな役割になります。例えば統合失調症であれば、病気の経過は一般に、症状の前触れが現れる「前兆期」、症状が強く現れる「急性期」、急性期が治まっていき現実感を取り戻していく「回復期」、徐々に安定を取り戻す「安定期」の4つに分けることができますが、回復期の早い時期からチーム医療を開始し、社会復帰を目指すことになります。チーム医療は患者さんを主役として、医師や看護師、精神保健福祉士や心理士、それから薬剤師などのメンバーで支えていくというかたちになります。患者さんの社会復帰を促進するためには、彼らが地域の中、あるいは家庭の中で生活していくということを、彼らと同じ目線に立って真剣に考えていくことが必要です。そのためには彼らの生の声が絶対に必要なので、そうした声を出してもらい、それを受け止められる人間関係を作っていくことがすごく大事です。ですから、なるべく患者さんにチーム医療の会議に参加していただいたり、あるいは訪問看護に行ったり、デイケアに通所してもらったりする中で、生のコミュニケーションをとりながら、信頼関係を築くように心がけています。
 また、チーム医療のスタッフのスキルアップを目指して、予算の都合や、本人と病院の希望、本人の負担という面に難しさはあるのですが、当院では、条件が合えば毎年1人か2人の看護師に精神科領域の認定を受けてもらえるようにしています。平成26年度には行動制限最小化領域と精神科薬物療法看護領域(※3)の二つの領域でそれぞれ認定を受けたスペシャリストが誕生しました。そうしたスペシャリストが院内にいると、やはり一般のスタッフの意識も変わってきます。例えば行動制限最小化領域のスペシャリストがいるだけで、周りのスタッフも精神保健福祉法に則った対応がきちんとされているか、間違った行動制限がされていないかなど、患者さんの人権を尊重した対応に関する意識が高まってきますし、自発的に自分たちも変わろうという気概が生まれていきます。また、認定された内容によっては、地域の中で講演や指導を頼まれたりすることもあり、そういう面で患者さんのためだけでなく地域のためにもなっていると思います。



60年間担い続けた県立病院としての精神医療における役割
貴院は平成27年に60周年を迎えられたそうですが、貴院が今まで担ってこられた役割について具体的に伺ってまいります。まず、貴院は社会復帰を目指した治療に比較的早い段階から取り組まれていたそうですが、その当初の精神医療の状況を含めてお話をお聞かせください

 精神医療の分野では、30年ほど前まで、入院中心の医療を行ってきました。それは、国がそうした方策を立てていたことも一因ですし、またご家族や地域にも患者さんが戻ってくるための準備が整えられていなかったこともあります。
 しかし、症状がとれて状態がよくなった患者さんを入院させていても、何もすることがなく、いつの間にか日常を無為に過ごすようになってしまいます。そうした人たちをそのまま10年20年と入院させ続けていたのが以前の精神医療の実態でした。国が参画を許可した民間の病院でも、同じように入院させたままにするところがほとんどで、ですから常に精神科の病床は満床の状態が続いていました。
 当院は昭和30年11月に当時の精神衛生法(現在の「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」)に基づき福島県立矢吹精神病院として開設されました。初代院長の伊豫田成先生は「我々は公的人間なのだから、必要のない治療をする必要はない」つまり、「よくなった患者さんを退院させるのは病院の務めだ」という考えを持っておられました。しかし、長期に入院していた方が住むための場所もなく、仕事にも就けないと、途方に暮れてすぐに病院へ戻ってきてしまいます。そのため、当院の社会復帰を目指した医療は、彼らが病院から出るための道筋を作っていくことから始まりました。具体的には、入院患者さんたちが地域の中に戻っていくためには、彼らが働いていける程度のスキルを身につけなくてはならないということで、東北ではおそらく一番最初に、リハビリのための作業療法の部門を作りました。そして病院内で作業療法を行い、仕事をする習慣や作業自体を体で覚え、それを段階的に強度を上げながら日常生活を再構築していき、最終的には町の中の様々な企業や商店へ病院から通って、一日働いて病院へ戻って休むというような、そういった外勤のような仕組みも作り上げてきました。その際は、企業や商店の事業主の了解を得ることが必要ですので、そうした説得を伊豫田先生が行い、それだけでなく、協力いただける事業主が作った職親連絡協議会の中で精神科疾患のいろはや、精神障がい者との接し方を学ぶための会合を定期的に開き、当院の従事者がノウハウを伝えたり、あるいは実際の勤務状況などについて情報をいただいたりしながら進めてきました。また、住居については、病院の近くに共同住居を設けて、そこで集団生活をしながら、彼らの状態がもっとよくなれば個々人でアパートに住むという道筋を作りました。
 そうして、患者さんがしばらくの期間その勤務先に通い、正式にそこに雇用してもらったり、あるいは共同住居に移ってそこからまた仕事を探すという社会復帰の流れが作られていきました。それは伊豫田先生の功績だと思います。また、二代目院長の大塚健正先生もそれを引き継ぎながら、デイケアや訪問看護など、リハビリテーションの充実と退院患者さんの再入院防止に取り組まれました。
 そうした先生方のご尽力や、県の保健福祉部等の協力の中で、当院は特に作業療法の分野において非常に先進的な業績を残してきました。今の建物は昭和59年に全面改築を終えたのですが、当時、作業療法をするための空間を病棟一つ分くらいと、非常に広いスペースを割り当てて作られました。それを各部屋に区切り、あるところでは例えば絵を描いたり、袋を折って作ったり、あるいは木工品を作ったりするスペースになっています。また当院はそうした作業療法をその時期から専門職である作業療法士によって行っていました。そういったシステムを構築したのが東北はもちろん、全国的に見てもおそらく早いほうだったため、当時は他の病院からの視察を多く受け入れていました。
 現在は、長期入院される方は少なくなり、入院患者さんの半数以上が1〜3カ月でご家族のもとに帰られるようになっています。その中で、人数こそ多くありませんが、長期入院になってしまう患者さんを社会に戻すための方法を多職種チームで相談しながら、実際に患者さんが社会参加をする機会を増やしていくということを現在も続けています。当院の職員には、そうした方針が伝統として根付いていますし、「早くよくして早く帰すんだ」という社会復帰を目指した医療が病院の一つの理念になっています。当時、長期入院が当たり前だった精神医療において、新しい方針をスタートさせたのが当院で、他の病院でも当時先進的だった当院の方針を参考にしていただけたのかなと思っています。そこが当院の業績というか、良いところだったのかなと思っています。



患者さんたちの社会復帰を目指した作業療法やデイケア、訪問看護等の取り組みは、患者さんだけでなく地域住民にとっても安心に繋がるものだと思いますが、さらに貴院では、アウトリーチ事業というものを最近始めたそうですね

 当院ではアウトリーチ事業を平成27年度から本格的に始めました。まずアウトリーチとは、在宅精神障がい者について、地域生活の維持支援を目的に、市町村や関係機関と連携しながら、多職種の医療チームによって支援を行うことです。これを始めた背景には、この地域の行政の人たちの悩みがあり、私はそれを解決する方法の一つとして実施したいと思ったのです。具体的に言うと、地域住民から、引きこもりや未受診の精神障がい者と思われるケースの相談が、保健所や市町村の精神保健福祉の担当の方のところに入ってきます。しかし、精神医療の専門知識を持たない彼らには、対象者への有効なアプローチができず、問題を抱え込んでしまっていました。また、専門知識を持つ病院側としても、今までは受診を待つしかなく、アプローチできていませんでした。しかし、例えば対象者が嫌がるなどしてご家族も病院へ連れて来られないほどだと、彼らは永久に病院へはやってきません。
 そこで、このアウトリーチ事業では、精神医療の専門知識を持った我々が保健所や市町村の保健師さんと一緒に対象者の家庭へ訪問し、対象者の心を開いてもらいながら治療の必要の有無などについて助言していくことになります。
 現在、当院のアウトリーチ部門の体制としては、訪問看護部門に籍を置き、医師や精神保健福祉士等その時々に必要となる多職種のチームを組んで訪問を行っています。そのチーム体制で、現在は行政の方から要請があれば一緒に対象者のところへ伺うというかたちです。
 アウトリーチのエリアとしては、県南地区だけでなく石川郡や岩瀬郡、須賀川市など県中地区の一部までカバーしています。新しい取り組みであることもそうですが、診療報酬の対象になっていないことやかなりのスタッフ数を要することなどから、実際はかなり厳しいのですが、少しでも多くの要望に応えられるよう、広域をカバーしている状況です。また、対象者は先ほど申した引きこもりや未受診の精神障がい者と思われるケースや、あるいは別の病院やクリニックで治療を受けていたけれども中断してそのままになってしまっているケースなど様々です。
 訪問頻度はケースバイケースで変わってきますが、心配なケースですと週に1,2回通います。訪問によりある程度問題解決の道筋がついたり、あとは経過観察でよいという段階になったら月に1回、あるいは2,3ヶ月に1回というふうになっていきます。それらの判断は、難しいケースを除きアウトリーチ部門のスタッフで完結できるよう努力してもらい、必要に応じて部門長でもある副院長の佐藤浩司先生が直接対象者の方を見て判断をしてもらっています。
 また、訪問期間について現在上限を設けずに行っています。行政が必要としていて、病院側も行くべきと判断している間は訪問を続けていくというかたちにしています。


アウトリーチ事業についての手応えはいかがですか

 このアウトリーチ事業を始めなければ、恐らくこの先何年もずっとこの状態で対象者が放置されていただろうというケースや、早期発見・早期治療に繋がったケース、入院治療に繋がったケースもあります。この事業を始めたことにより、今までのようにデイケアや訪問看護を通して地域の中に戻っていった患者さんの生活を支えるのみならず、病院にたどり着けない人たちとそのご家族に対するアプローチを行政と一緒になって取り組むことができており、手応えとしてはやはりこの事業を始めて良かったと思います。また、今まで「もしかしたら治療が必要なケースなのでは」と思いながら、問題を抱え込んでいた行政の人たちにとっても我々の存在が精神的なバックアップにもなり、仲間として心強く感じてもらえていると思います。


貴院は医療観察法において通院医療機関に指定されていますが、この医療観察法ついて教えください

 まず事実として、精神障害のためにやむを得ず刑法に触れるような行動に走ってしまう人というのは少なくありません。例えば精神障害により幻覚妄想状態が起こり、「となりのAさんがあなたの命を狙っているから、やられる前にやれ」という幻聴が聞こえてきて、それに準じた行動を取ってしまう、そういう病的世界の中で、その症状に支配されて誤った行動を取ってしまうことがあります。そうした場合、医療観察法が施行されるまでは、措置入院が必要と判断されると許可病床を持った病院に強制入院となっていました。そして措置入院の場合は医師一人の判断で10年も20年も入院になることが多くありました。しかし患者さんの中には、入院中の治療やリハビリですっかり症状がなくなり、どこが病気だったのかわからなくなるくらい回復する方も実はたくさんいます。それなのに、そうした方には帰れる場所がなく、そのため入院が長引くという状態でした。そこで、平成17年に医療観察法(正式名称:心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)(※4)という法律が施行され、従来は一般の精神科病院に措置入院していた方々を国の責任において裁判のかたちをとって、医療観察法病棟に入院させ、集中的に治療を行うことになりました。また社会復帰のための取り組みを、それまでは病院が独自の努力で行っていましたが、この医療観察法においては裁判所や社会復帰調整官という国家公務員が参入し、地域に戻すための取り組みを行うようになります。厚生労働省は、原則各都道府県に1箇所は医療観察法病棟を設置するよう指導してきたのですが、まだまだ未整備のところもたくさんあります。福島県もその一つです。例えば、未整備の県で対象行為が生じた場合、対象者は一番近いと思われる他県の病院に入院することになるのですが、そうした方が社会復帰をする場合、原則として出身地に戻る方向で調整がなされます。対象者は退院前に外泊訓練を行い、退院後は指定された通院医療機関へ通院することになりますが、それらは対象者の出身である県で行うことになります。その通院医療機関に当院も指定されているのですが、そうした場合、様々な打ち合わせや下準備が必要になります。しかし、入院地との距離が遠いと連絡を取り合うのに難しい面があり、また微妙なニュアンスが伝えづらいということがあります。そうすると社会復帰もスムーズにいかないということも起こりえます。それに、各県の病床が満床に近くなってきていることや、やはり自分の県出身者は自分の県で診ていくことが望ましいという県の意向もあり、当院でも現在病棟の整備を目指しています。そのためにはまず地域の理解が不可欠ですので、現在は地域との距離を埋めるための努力をしています。


今後の展望
貴院の今後の展望と、先生が目指す精神医療についてお聞かせください

 当院の今後の展望としては、やはり公的病院として民間の病院では手を出せないけれども社会として必要な分野を今後も担っていこうと考えています。時代によって何が必要かというところは変わっていきますが、今の段階では、例えば当院は児童思春期外来を平成23年に開設しました。また、児童思春期については、外来だけでなく入院治療の充実も実現していきたいです。さらに重症の精神障がい者の受入や医療観察法病棟など、社会的に必要だけれども民間病院ではカバーできない部分をこちらで見つけて拾い上げて、実現させていきたいです。これからも時代の変化によって社会からの要請は変化していくでしょうが、一つのことに固着せず、我々にできることを広げていきながら、民間の病院とお互いにカバーし合いモザイク状にうまくかみ合って相補的に精神医療を充実させていくことが、公的病院の役目であり、理想だと思っています。
 また、私の目指す精神医療についてですが、精神障がい者たちが、知識を持つ人たちに支えられつつ、助け合いながら地域の中で生活できる、そういう社会が私にとっての理想です。入院というのは本当に疲れたとき、本当に重症化したときに一時的なものとしてあるだけで、それ以外はまた家に帰る。それが一番望ましいと思っています。
 現在も精神医療に対して、まだ誤解や警戒感を持たれている方も少なくありません。入院医療が中心だった過去もあるため、「柳が幽霊に見える」ではないですが、見えないからこそイメージが間違った方向にどんどん膨らんでしまったというところもあると思います。ですが、本当に特殊な例以外は、入院せざるを得ない人というのはほんの僅かで、それも短期入院で済むことがほとんどです。本当に何年も何年も入院治療が必要な病気なんてほとんどありません。
 当院では、平成24年から矢吹病院祭という秋祭りを開催して、実際に一般の方に病院へ足を運んでもらったり、あるいはホームページや印刷物で情報発信を行ったり、行政との連携で無料出前講座等を開催したりしながら、地域住民の誤解や警戒感を薄め、正しく精神医療を理解してもらうための取り組みをしています。また子供の抱える心の問題について知ってもらう機会を作るため、学校の先生だけでなくご家族や一般の方も対象に、平成26年から子供の精神疾患についてのシンポジウムを開催しています。
 精神医療においても早期発見・早期治療は重要です。内因性疾患の中の、統合失調症とうつ病という2大精神疾患については、初発年齢が思春期に多いのですが、十分な知識がないために受診が遅くなってしまうこともあります。しかし、例えば、統合失調症は100人に1人、うつ病だと100人に6人は発症すると言われています。1学年3クラスの学校があるとすると、同学年から統合失調症の人が1人、2人出てもおかしくはありません。それくらい、少なくない疾患なんです。今後は、特に中・高生に、気を付けるべき病気の種類の一つとして、精神疾患についての一般的な事は教えられるようにしたいと思っています。正しい知識を誤解なく若い頃から知ってもらうことで、友だちや先輩・後輩、あるいは自分が親になったり、教員になって子供たちと接するようになったときに、いち早く症状に気づいてもらい、早期の受診に繋がればいいと思っています。また、そうした知識をもとに、望まない病を得てしまった精神障がい者に対しても、「もしかすると私がこの立場だったかもしれないな」という温かい目で見守っていただきたいです。そして、一人の同じ人間として偏見のない見方で接してもらえるようになればいいなというのが、私の一番の願いです。
 精神障がい者に対する偏見がなくなり、支援の体制も充実すれば、日本の中にそんなに病院数は必要ないだろうと思うのです。訪問看護やアウトリーチで医師もどんどん病院の外へ出て、地域での支援活動を行っていければ地域住民の方も安心でしょうし、精神障がい者も安心して暮らせると思います。そういう仕組みを、これからも、政府も含めて官民ともに考えていき、みんなが安心して生活できる社会を実現していくのが一番良い方向じゃないかと思っています。


 

※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
横山 昇 氏 (よこやま のぼる)

役  職 (2016年2月1日現在)
 病院長

出  身
 福島県郡山市出身

専門分野
 精神科一般

資 格 等
 精神保健指定医
 日本精神神経学会精神科神経専門医




福島県立矢吹病院

〒969-0284
福島県西白河郡矢吹町滝八幡100
TEL:0248-42-3111(代)
FAX:0248-44-2551
URL:福島県立矢吹病院ホームページ





◆用語解説◆

※1 精神保健福祉士

精神保健福祉士について 厚生労働省HPをリンク
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/nation/psw.html

※2 精神保健指定医

「精神保健及び福祉に関する法律」に則って厚生労働大臣により指定された医師。人権に配慮した医療職務と、公務職権限を有し、医療保護入院や措置入院の判定、精神障がい者への物理的抑制の判定など行う。

※3 精神科薬物療法看護領域

精神科薬物療法看護では薬物に関する情報を提供したり、薬物による副作用を可能な限り回避できるような取り組みなどを行い、患者の不利益とならない薬物療法での看護を推進する役割を担う。

※4 医療観察法(正式名称:心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)

心神喪失者当医療観察法 厚生労働省HPをリンク
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/sinsin/
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2016.01掲載号~ 2014.10~2015.12掲載号 2013.07~2014.09掲載号
2012.04~2013.06掲載号 2011.09~2012.03掲載号