(2016年7月1日掲載)
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一般財団法人 脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院
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脳領域での治療の変遷について、先生はどのようにご覧になりますか
私は現在、主として放射線治療に携わっていますが、脳外科の医者なのでもともとは脳外科の手術を行っていました。放射線治療があまり発展していなかった時代は、手術で治すことが最も大事だと考えられていて、例えば脳に腫瘍が見つかったら基本的には手術治療が行われていました。しかし脳の領域では、手術により症状が良くなる面と悪くなる面があります。それは、脳というのはそれぞれの場所が、それぞれの機能を持っているからです。手術をすることでその部分には必ず傷がつきますので、当然そこが持つ機能にも影響が出ます。そうした意味では手術を担当する医師の技量はもちろん大事ではありますが、どんなに技量を以てしても場所によって難しいものは難しい、ということなのです。ですから昔は、「治りました」けれども「車いすの生活になります」、あるいは「寝たきりで一生ご家族の介助を必要とします」という結果になってしまった方がたくさんいました。しかし患者さんたちは、もちろんそうした状態になることを望んではいません。そうした時代の後、治療機器は進歩し、今は放射線で治療できる脳の疾患も出てきましたので、選択肢が手術しかなかった昔のように何でも手術をするという考えでありません。患者さんのQOL(生活の質)を大事にし、不要な手術はできるだけしない、また症状が出ていなければ経過を診るといった方向になっています。脳の領域での診療において、私たちは手術治療と放射線治療のどちらが良いのかそのバランスを考え、手術が必要なものは今も手術です。ただ、放射線で治療したほうが良いものは放射線治療、そして何もしないほうが良い場合もあります。それを私たちがきちんと評価し、それぞれの患者さんに適切な方法を選ぶようにしています。
貴脳外科には脳腫瘍の患者さんの紹介が多いそうですが、それについて詳しく教えてください
脳の腫瘍には、脳の組織自体から発生する原発性脳腫瘍(良性・悪性)と、他の臓器からがんが転移して発生する転移性脳腫瘍があります。通常多くの脳外科を持つ病院では、原発性の脳腫瘍のうち神経膠腫や髄膜腫の患者数が一番多いと思います。ただ、多いとは言っても日本における脳腫瘍(転移性脳腫瘍除く)の発生率は人口10万人に対して年間数人程度と非常にまれで、神経膠腫や髄膜腫はその中で最も多いという程度です。例えば、そうした脳腫瘍の患者数が他院で年間数人という中で当脳外科には数十人という紹介がありますが、当院に最も多く紹介されて来るのは全脳腫瘍の中で一番頻度の多い転移性脳腫瘍の患者さんです。
脳への転移については、わかりにくいことなのでしょうか
脳の領域において放射線治療の果たす役割が大きくなっているそうですが、放射線治療の進歩や普及について、また治療の目的について教えてください
脳と腫瘍では脳のほうが放射線に弱いため、病巣である腫瘍以外にも放射線があたれば正常な脳組織にもダメージを与えます。そうしたことから脳をできるだけ傷害せずに強く放射線を照射する方法の開発が進み、放射線治療機器は進歩してきました。それと同時に画像診断機器の進歩もあり、できるだけ腫瘍に限局して照射できる治療機器が開発され、今はそれが発展、普及しています。脳の腫瘍に対する放射線治療の一番の目的は腫瘍の制御で、それ以上大きくならないようにすることです。ただ、悪性腫瘍の場合は放射線治療によって高率に腫瘍が小さくなることを期待できることから、その場所や大きさ、病期などよっては根治を目指して実施することもあり得ます。一方で、良性腫瘍の場合は放射線治療によって根治を目指すことや腫瘍サイズを小さくすることは難しく、小さくなるとしてもそれは年単位の変化であり大きさが変わらないということもあります。そのため良性腫瘍に対して放射線治療を行う場合は、基本的に腫瘍の制御が目的となります。
そうした脳の良性腫瘍についてどのように治療を行うべきか、というのは腫瘍の場所とサイズ、そしてそれらで決まる症状によって選択は異なります。例えば症状が出ていなくて腫瘍が小さければ様子をみたほうが良いです。また、症状が出ていなくて腫瘍を制御したい場合は放射線治療を実施します。そして症状が出てしまった場合は脳や脳神経が腫瘍によって圧迫されている状態にあるということなので、減圧して症状を軽くするための手術治療が必要です。患者さんの中には「私は歳を取っているから腫瘍が大きくなるのはゆっくりだろう」などと言う方もいるのですが、そのスピードの違いは腫瘍の種類であり、年齢は関係ありません。
貴院に紹介の多い転移性脳腫瘍の患者さんに対する治療は、どのように実施されているのでしょうか
当院では、そうした患者さんを主として放射線で治療しています。まず放射線について説明しますが、通常の放射線治療と呼ばれているものはX(エックス)線治療で、X線というのは電磁波です。そのX線を出す装置は一般的にリニアック(LINAC:医療用電子直線加速器)と呼ばれているもので、今は多くの病院に導入されています。また、同じ電磁波で、ガンマ線というものがあります。ガンマ線を使用するのはすこし特殊な治療で、治療装置としてはガンマナイフと言って頭部の治療(良性脳腫瘍、転移性脳腫瘍、脳動静脈奇形など)を行うものなどがありますが、一般の病院でガンマ線を使用することは滅多になく、主としてX線を用いた放射線治療が行われています。それから粒子線というものもあります。粒子線とはその名前のとおり粒(電子、陽子、中性子)で、これを使用するのも特殊な治療です。その粒を電気的に加速して腫瘍にぶつけるのが粒子線治療と呼ばれるもので、特殊で大掛かりなのでどこの病院にでもある装置ではありません。粒子線の特長は、できるだけ範囲を絞り、限局したところに強く照射することができることです。X線やガンマ線はヒトの体を通り抜けるので例えばX撮影などが可能なわけですが、粒子線は体を通り抜けずに止まり、その止まる直前に高いエネルギーを出すという特徴からそのピークを腫瘍部分に合わせることで、それ以上は体を通り抜けず余計な部分を被ばくさせずに強く照射することができます。南東北がん陽子線治療センター
サイバーナイフやガンマナイフは、導入している病院が少ないそうですね
そうした中で当院の特長は診療科内での連携はもちろんのこと、診療科同士の垣根が低く、科を越えた連携が取りやすいところです。また病院としての診療体制が驚くほど
PET-CT
今年導入されたサイバーナイフには、どのような特徴があるのでしょうか
サイバーナイフ
転移性脳腫瘍に対する放射線の適応についてはどのようになっているのでしょうか
がんの生存率は、原発巣に抗がん剤が効くかどうかということで決まりますので、例えば転移性脳腫瘍だけを治療して生存期間が伸びるということはもちろんありません。転移性脳腫瘍の治療の適応は原発巣に対する生存予想で決められ、放射線治療の適応に関しては基本的に3カ月以上の予後が期待される場合に適応があります。それは腫瘍が症状の出るサイズになったときに、放射線や抗がん剤で治療を行わず姑息的に脳の圧迫を和らげる治療等をした場合の平均的予後が3~4カ月といわれているからです。それから皆さんご存知のように、今のがん治療は基本的に外来通院で抗がん剤を実施していく方向にあります。そこには通院困難な状態、つまり元気の無い方に対して抗がん剤治療を実施しても延命できず、むしろ寿命は短くなってしまうだけだということがあります。ですから脳に転移してしまった患者さんの場合、脳の症状が出ない状態を維持することが放射線治療の一つの目的で、それによって通院できる状態を保つことが抗がん剤治療を続けていく上で、つまりがん治療を続けていく上での必要な条件です。がん治療とはそのようにして継続していかなければいけませんので、その中でご家族の負担もできるだけ少なくするよう考えることも大事です。そうしたことから脳の症状が出ていない段階でも、そのまま経過を診ていたら症状が出て抗がん剤治療を続けることが困難になるような方に対しては、放射線治療を実施した方が良いと考えます。シビアな話になりますが、がんの患者さんの中には余命が限られている方もいます。そうした方にはできるだけ余計な入院を短くし、できるだけご自宅で過ごせる期間を長くすること、それががん治療、特に定位放射線治療の重要な目的の一つです。
また、転移性脳腫瘍に対する放射線治療の選択肢として、定位照射(定位放射線治療)と全脳照射があります。それについては一般的な話になりますが、腫瘍が3cm以内で10個以内の場合は定位照射のほうが奏効率や再発率、また治療期間を考えると良いといわれています。ただ、定位照射は限局した腫瘍を治療する方法なので、びまん性や髄液播種している場合の頭蓋内の転移、また10個を超える数の転移腫瘍があるような場合は全脳照射の適応になると思います。それから例えば次々と脳に腫瘍が出てくるような場合も定位照射では難しく、そうした場合にはそのたびに定位照射を繰り返すか、あるいはどこかの段階で全脳照射に切り替えることになると思います。一方の全脳照射というのは脳全体に照射する方法なので、当然ながら正常の組織にも同じように放射線があたります。そのため脳のダメージが少ない程度の照射を行うことから、あくまでも姑息的な治療であり腫瘍の長期制御を目指すものではありません。極端な話、正常な組織へのダメージを気にせずに照射する場合でもない限りは強く照射することができませんので、腫瘍が小さく数が少ない場合には定位照射の方が強く照射できる分効き目があるのは当然のことで、長期的には再発率が少ないということになります。双方にはそれぞれ特徴がありますので、治療において私たちは患者さんにそれをしっかりお話しした上で選択していただいています。
転移性脳腫瘍の治療に関しては、最も奏効する確率が高い治療なので放射線治療が選択されているのですが、治療方針は転移腫瘍の数や大きさ、全身状態、そしてがん治療における脳の治療に対する患者さんの希望によって変わってきます。つまり転移性脳腫瘍の治療とは、がんという病気をどのように治療していくのか、という中での「脳の治療をどうしますか?」ということです。脳に転移してしまった以上は脳の治療をしなければいけないのは確かですが、実は、まず患者さんが、がん治療ということに対してどのようにして治療して行きたいのか、また、その治療をどこで受けるのが一番良いのか、そうした大事なところのイメージを持っていないことが多いのです。そうした中で一般の脳外科の先生方は、脳の治療については専門でもがん治療ということについてあまり詳しくない部分も多いと思います。その点で私は、がん陽子線治療の仕事もしている関係上、脳の治療だけではなく体のがん治療でもたくさんの患者さんを診てきましたので、「これからあなたはこのような経過を辿るので、このように治療するのが一番良いと思います」ということを、患者さんにある程度は提供することができます。このことはがん治療において非常に大事なことだと思います。ですから私は、脳に転移してしまった患者さんに、がん治療とその中での脳の治療についてよく説明し、治療等の選択を手助けしています。いわゆるセカンドオピニオンみたいなものです。
脳の領域の腫瘍を治療する上で一番大事に考えるべきことはどのようなことでしょうか
“QOL(生活の質)を保つ一番良い方法は何か”ということだと思います。脳の場合は悪くなればすぐに症状が出ます。ですから単純に治療すれば良いということではなく、患者さんが「何を求めているのか」、それが治癒なのかあるいはQOL(生活の質)なのかなど、これは選択が難しい話ですがその中で一番良いもの、要するに患者さんが求めているものが何かということで、多くの場合ではそれがQOLを保つのに一番良い方法は何かを考えることになります。治療自体は手術治療、放射線治療、薬物治療等いろいろな方法がありますが、手術も放射線も可能だけれども、それを実施することにより患者さんは何を得られるのか、何を失うのか、それを秤にかけることになるのです。特に脳の場合には最初にお話したように治療することによってその場所はダメージを受けます。例えば3カ月ほどの延命を望まれる場合はそれなりの合併症の無い治療等も可能だと思いますが、そうではなく十分な治療を実施する場合には治療後に合併症が出る可能性があるのです。それを患者さんやご家族にはまず納得していただかなければいけません。これは本当に厳しい話だと思います。でも脳の治療後には合併症で車いすの生活になってしまったり、自力で生活ができず介助が必要になるようなことがあり、実際にそうなってしまった時にご本人はもちろんのこと、ご家族にその覚悟が十分にできているのか、ということが大事になるのです。そして、その後もがんの治療を続けていく以上は抗がん剤を実施するために通院しなければいけません。こうしたことは転移性脳腫瘍もさることながら、良性腫瘍でもその他の脳の治療においても同じです。脳の治療をしたら治癒して元気に元の生活に戻れるのか、と言うとそういうわけにはいかないこともあるのです。繰り返しになりますが、がん治療においては、基本的に「ご本人が何を望むのか」という部分がとても重要です。それによって治療することが本当に望ましいことなのかが決まってきます。ですから患者さんやご家族には体や脳の治療について、また合併症等について十分に説明して納得していただいた上で、ご本人ががん治療の中で何を求めているのか、その中での脳の治療に何を求めているのか、そうしたことを私たちにしっかりお伝えいただき、患者さんにとって一番良い方法を選択することが大事です。
今後の展望
貴院はホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:以下BNCT)によるがん治療の開始についても期待されていますが、今後の展望を教えてください
南東北BNCT研究センター
脳の領域の治療における理想は、正常な脳の組織等を傷害せずに放射線を照射する方法の開発ですが、もっとも理想なのは放射線を照射しない方法の開発です。脳は放射線より弱いという中で手術はもっとダメージが大きいわけですから、それらを必要としない治療法が一番で、脳の悪性腫瘍に効く抗がん剤の開発というのが理想だと思います。がんの治療において抗がん剤は重要な役割を担っています。放射線治療も含めさまざまな治療で何とか延命していると、そのうち新しい抗がん剤が出てきて、それを試すと効き目があるという患者さんはよくいます。ですからがん治療の中で脳の治療を行う理由はそこにもあり、できるだけQOLを保ちながら先へ延ばしていくことを目標としているのです。
がん治療とは、やはり根本的には原発巣の治療が大事なので、そう考えると私たちは枝葉の部分の治療をしているだけではありますが、そうとは言っても脳の場合はハッキリと症状が出てQOLに影響を与えてしまうものですから、脳の治療を先に行い、なんとかQOLを保ちながらがんの治療を続けていく。私たちの役割は、手助けです。
※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。
プロフィール
菊池 泰裕 氏(きくち やすひろ)
役 職 (2016年7月1日現在)
総合南東北病院脳神経外科ガンマナイフ部長兼
南東北がん陽子線治療センターセンター長
出 身
郡山市
卒業大学
福島県立医科大学卒業(1984年)
専門分野
脳神経外科
資 格 等
医学博士
日本脳神経外科学会専門医
所属学会等
日本脳神経外科学会
日本定位放射線治療学会
日本中性子捕捉療法学会
経 歴
1984年 福島県立医科大学卒業
1984年 福島県立医科大学脳神経外科
1990年 脳神経外科学会専門医
1995年 医学博士
1998年 総合南東北病院脳神経外科(LINAC radiosurgery 担当)
2004年 総合南東北病院脳神経外科ガンマナイフ部長
2012年 総合南東北病院脳神経外科ガンマナイフ部長兼
南東北がん陽子線治療センターセンター長
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2016.01掲載号~ 2014.10~2015.12掲載号 2013.07~2014.09掲載号
2012.04~2013.06掲載号 2011.09~2012.03掲載号