医療人材育成支援

地域と医大の関わり

君たちには国内初の講座を学べるチャンスがあります!
〈医師の仕事は、住民の皆さんの健康を守ること〉というのはこの情報誌の中でもたびたび出てくるポイントの一つです。それでは、その医師が健康を守っているシーンを思い浮かべてみてください。手術やお薬によって重い病気やケガを治すところを真っ先にイメージしませんか? 確かにそれも医師の大事な役割です。でも、健康を守るためのアプローチはそれだけではないはずです。実はそれとは別のアプローチを試みる「家庭医」というものが、この福島で新しく育てられています。
「福島県の中学生の皆さんはラッキーです」
そう話すのは福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座主任教授の葛西龍樹先生です。葛西先生は、2006 年からこの福島で「家庭医」を養成するための新しい取り組みをしてきました。それでは、「家庭医」とはどんな医師なのでしょうか。そしてなぜ皆さんが「ラッキー」と言われたのでしょうか。葛西先生にお話しを伺いましょう。
まず、「家庭医」とはどんな医師なのでしょうか
 はい、そのためにまず「プライマリ・ケア」というものを説明しましょう。今までの日本では重症な病気にかかった「患者さん」を病院や診療所で鮮やかに治療できることが優れた医療、質の高い医療というふうに考えられてきました。ですが、健康を守る上では、そもそもそういう重症の病気にしない、これが一番大事なんですね。健康の人はずっと健康でいられるようにしていく。そして、不幸にして病気になった人も、それ以上悪くならないように、あるいはそのことで他の病気にならないようにする。それから、そのことで家族や周りの人たちが大変な思いをしなくてもよいようにする。そういう、健康な人が重い病気を抱える「患者さん」になる前に、その人が住んでいる地域の中で継続して取り組むケア全体のことをひとまとめにして「プライマリ・ケア」といいます。英単語の「primary」というのが、例えば「一次」とか「第一」とか、あるいは「最初の」という意味があるということは知っていると思いますけれども、ここで私たちが「プライマリ・ケア」と呼ぶ時には、「最も大事な」という意味なのです。その地域に住む人全員に対して「最も大事な」注意を払っているということなのですね。この「最も大事な」ケアが整備されていると、その後の病院での二次医療、それから大学病院などでの三次医療が、それを本当に使わなければ駄目な限られた人数の人のためにより機能を発揮できるようになるのです。この「プライマリ・ケア」を専門にしている医師のことを、世界では「家庭医」といいます。日本では2017年から新しい専門医の制度が始まり、19の専門医が国によって定められることになります。その中で「家庭医」は「総合診療専門医」という名前で仲間入りすることになりました。これはつまり、ようやく国も「家庭医」の重要性を認めたということです。
ということは、以前はそうではなかったのでしょうか
 そうですね。イギリスを始め世界では既に家庭医の存在が一般的になっているところが多数ありますが、日本ではまだ非常に新しい分野で、全国全ての大学で学べるものでもありません。まして、本当に世界のレベルでやっている大学というのは、実は数校しかないのです。この福島県立医科大学の地域・家庭医療学講座は、大学としてそれを専門的に学ぶことができる国内で初めての講座で、この分野について日本最先端のことを学ぶことができるところなんです。
 私が家庭医療を学びはじめた1990年には、日本にはまだこのようにトレーニングを受けられるところはありませんでした。そこで私は家庭医療の先進国であるカナダへ行って専門研修をしてきました。そして幸運なこ
とに、世界の家庭医療の父と呼ばれるイアン・マクウィニー先生の下で1か月の間マンツーマンで学ぶ機会も得ることができました。そうした機会を得られるのは、カナダの家庭医にもないことで、本当に貴重な経験でした。そしてカナダで研修を終えたとき、私は既に何万人といるカナダの家庭医の一人として診療を続けるか、それとも日本に帰るのか、選択に迫られました。そのときマクウィニー先生に、家庭医についてちゃんとした教育を受ける仕組みがない日本の当時の現状を話したところ、「それはやっぱり、大変だけれども日本でそういう教育を作りなさい。そういう仕組みを作ることが大事だ」と言ってくださいました。実は彼も1968年にイギリスからカナダにやってきて、カナダの大学で最初の家庭医療の講座の教授になった人で、何もない状態から国内全ての大学に家庭医療の講座が作られるまでにそれを広めたんです。ですから、その苦労もその大事さも一番よくわかっていたのですね。その彼が私にそう言ってくれたことが原動力となり、私も日本でその取り組みを始めました。それが1996年のことです。
なぜ先生はこの家庭医療についての取り組みを福島でされることになったのでしょうか
 カナダから帰国後、最初は北海道家庭医療学センターの開設に携わり、そこの初代所長として家庭医を養成する土台作りを10年にわたって行いました。その後、2006年にこの福島県立医科大学の地域・家庭医療学講座の初代教授として着任しました。そのとき色々な大学から自分のところで家庭医療を教えてほしいというお話はあったのですが、この福島県立医科大学だけが、私に地域で家庭医を養成することをやらせてくれる大学だったんです。家庭医は地域に密接なつながりを持つ新しいスタイルの医師で、地域で起こる病気を予防していく分野なので、大学附属病院に居てそこへやって来る患者さんを待っているのだけではとても家庭医の役割を示せないのです。ですから、今までに福島県内に6カ所の拠点(保原中央クリニック、かしま病院、只見町国民健康保険朝日診療所、喜多方市地域・家庭医療センター、ほし横塚クリニック、大原綜合病院)を作って、そこで診療をして、そして地域の他職種の人たちと連携しながら地域の健康を守るという取り組みをしています。こうした私たちの取り組みは「福島モデル」「福島医大モデル」とも呼ばれて、ようやく最近は他の大学でもこのモデルに倣うところがいくつか出てきました。ただ、世界的に見ると、家庭医一人が診る人口は二千数百人くらいだと良いと言われています。それに比べると、日本ではまだまだ足りません。私たちも、県民のまだ数%しか診ていない現状です。これを県民の4割5割は家庭医がケアする状況に持っていかないといけない。私のしてきたことは、そのための土台作りです。これが2017年から国を挙げた「総合診療専門医」制度としてスタートしていくことで、このプライマリ・ケアの分野が日本でも発展していってほしいと思います。
先生のところでは、具体的にはどのように家庭医医療を学ぶことができるのでしょうか
 基本となるのは先ほど申し上げました県内6カ所を拠点にした地域の診療です。それから家庭医というのは、様々な臨床の範囲にわたる問題を大体8割は自分で対応して、残りの2割をその分野を専門にしている他の科の専門医に的確に紹介できなければいけません。ですから、ものすごく広い分野の新しい知識を学ばなきゃいけないんですね。それを私たちの講座では、ITを活用した勉強会や、イベントなどで学べるようにしています。例えばTV会議システムを使って、一つのテーマに対して学んだことを一人あたり30分程度発表し共有し合う勉強会を毎週水曜に二人ずつ担当にして、講座の全員で分担しながら行っています。また、福島県立医科大学の医学生はこの6カ所の拠点へ行って実習を受けることになりますが、そのときには週に2回、各拠点をTV会議でつないで、それぞれのところでどんな実習をしているか報告し共有するということをしています。そうすることで他の地域でやっていることもわかり、経験が広がります。さらに、夏にはセミナーをしたり、海外からゲストを呼んでイベントを開いたりもしています。
 また、家庭医療においては臨床研究も大事なんです。例えば、地域に住んでいる普通の人たちの中で、どのぐらいが高血圧になってしまうのだろうとか、その人たちがその後で狭心症や心筋梗塞や脳卒中などにならないようにするには、普段からどうしていたら良いのだろう、といった研究です。
最後に、家庭医のやりがいと中学生へのメッセージをお願いします
 家庭医は、プライマリ・ケアの専門家ですから、地域の皆さんが病気にかかる前や、重い病気が落ち着いて病院から帰ってきた後も、患者さんやご家族の健康を守ることになります。その全てを継続して担うのはとても大変なことですけれども、地域の皆さんが元気でいることの喜びと、私たちの喜びが一致するんですね。また、そうしたことを通じて地域の皆さんの人生の歴史にちょっとお邪魔できるところも、家庭医にとって大きなやりがいだと感じます。
 これからプライマリ・ケアの充実へ向けて日本が国を挙げて進む中で、皆さんが住む福島県は、地域の人たちや海外の専門家にご協力をいただきながら、家庭医療の一番先進的な教育を受けることができるアドバンテージを持っているということをぜひ知ってください。家庭医を目指す上で最も大事なことは好奇心を持ち、行動力を発揮することです。皆さんもぜひ好奇心を持っていろんなものを見てほしいです。また、もし私たちの家庭医療に好奇心が動かされたなら、連絡してもらえれば半日見学、一日見学などできるように手配します。この新しい分野を身近に接することができるラッキーを生かして、行動力を発揮し、いつか私たちと働く地域の健康を守る医師を目指してほしいです。
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