情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2015年6月1日掲載)

公立藤田総合病院
副院長 佐藤 昌宏氏


高齢化地域における頼れる脳神経外科医のあり方

 厚生労働省の調査によると、介護が必要となる原因の第1位は脳血管疾患(脳卒中)だ。さらに、原因の第2位は認知症だが、認知症の中には脳血管疾患による障害として発症するものも少なくない。高齢化がさらに進行していくこれからの日本において、脳血管疾患への対策が求められている。そうした中で、公立藤田総合病院の脳神経外科では、「地域包括医療・ケアシステム」の拠点病院として地域との連携を取りながらも24時間体制で地域の救急患者の対応に当たっている。副院長の佐藤昌宏氏はこの地域を担う脳神経外科医として、専門分野である脳血管障害に対する外科的治療はもちろんのこと、非外科的な治療や意識障害患者の初期診断まで、最新の情報インフラを活用しながら行っている。さらに、昨年2014年には脳卒中などの後遺症でおこる痙縮に苦しむ患者のためにボツリヌス療法を導入するなど、新しい治療法も積極的に取り入れている。今回、佐藤先生への取材を通して、地域医療の観点からの頼れる脳神経外科医のあり方が見えてきた。


地域における藤田総合病院脳神経外科の役割
貴診療科ではどのような患者さんを多く診療されているのでしょうか。また、どのような診療まで行っているのでしょうか


出典:公立藤田総合病院
副院長 佐藤 昌宏氏
 脳神経外科を受診される患者さんに一番多いのは脳血管障害(いわゆる脳卒中)です。この疾患は、大体7割強が脳梗塞、2割弱が脳出血、その他くも膜下出血の順に罹患数が多いといわれています。当科を受診いただく方の多くは当院の構成市町である1市2町(伊達市、国見町、桑折町)をはじめとした伊達地方にお住まいの方で、この地域には高齢者の方が多いものですから、当科の患者さんにも圧倒的に脳卒中の中の脳梗塞が多く、その治療が中心になっています。この地域には、当院以外に脳神経外科がありませんので、脳卒中に関してはできるだけこの地域の全ての患者さんを引き受けるようにしています。
 私たち脳神経外科医の診療については、欧米と比べるとその守備範囲の広さの違いは明らかです。欧米の場合は外科的な治療しか行いませんので、朝から晩まで毎日手術治療を行っています。それに比べて日本では、外科的治療だけに留まらず手術適応にならない症例の診療まで幅広く担当しています。当科では、脳卒中の診療以外にも、脳腫瘍や頭部外傷の患者さんに対する外科的治療や手術にならない症例、それから意外に多いのは、意識障害を起こして搬送されてくる患者さんに対する初期診断です。意識障害だからといって、必ずしも全て脳が原因で起こるわけではありません。例えば、糖尿病による低血糖や、肺炎で血中の酸素飽和度が低下したことが原因で意識障害が引き起こされていることもあります。そのため、まずは我々が脳の疾患なのか、違う原因による疾患なのかを診察します。それから当科では、認知症の患者さんに関してもたくさん診ています。認知症で一番多いのはアルツハイマー型認知症なのですけれども、その他に脳血管性認知症や正常圧水頭症(※1)、頭部外傷の後で起こる慢性硬膜下血腫(※2)による認知症もあります。例えば、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫の場合、手術をすれば良くなる可能性もありますので、そういったものの診断と外科的治療を行っています。
 当科の脳神経外科医は私と平先生(平 敏 先生)の2名ですが急性期の治療から、早期に社会復帰、家庭復帰ができるようなチーム医療を院内のスタッフと行っています。また地域の施設職員、県北地区の他病院の先生方と連携を取り合える体制をとっています。


その診療体制を詳しくお聞かせ下さい

 脳卒中は障害をできるだけ残さないために、治療まで一刻を争うようなものも少なくありません。そのためまずは診断のための体制として、当院では放射線技師が24時間当直制で備えており、いつ患者さんが搬送されてきてもCTやMRIや脳血管撮影などが行えます。また臨床検査技師も同様に24時間365日必ずいる状態ですので、血液検査や心電図などの臨床検査もすべて、すぐにできるような体制を取っています。我々脳神経外科医も、夜間や休日でもオンコール体制で必ずどちらかがすぐに病院へ駆けつけられるようにしております。さらに、当院では2007年に電子カルテを導入したのですが、その2,3年後からタブレット端末を使って自宅にいても病院で撮ったCTやMRIのデータが見られるようにしました。そうすることで、当直の先生が診断に迷うような症例に対してアドバイスを行えるようになり、私が病院に行かなくてはいけない症例なのかという判断も自宅からできるようになりました。そうした体制によって、本当に一刻を争うような患者さんに対しては、必要な検査を大体一時間以内に終わらせてスムーズに治療を行えるようにしています。


院外との連携はどのようなかたちで行われているのでしょうか

 脳神経外科同士であれば、福島県立医科大学附属病院をはじめ、福島赤十字病院や南東北福島病院、あづま脳神経外科病院などが主な連携先です。当科の脳神経外科医も、今挙げた病院の先生方も、みんな福島県立医科大学の脳神経外科の講座で勉強し、同じ釜の飯を食べた仲間ですから、困った症例があればお互いに連絡をして、紹介するというような連携をとっています。それから、リハビリを長期間やらなければならないような患者さんに関しては、回復期リハビリ病棟のある北福島医療センターやあづま脳神経外科に患者さんを紹介させていただいています。
 それから、当院は地域包括医療・ケア認定施設として、この地域の中心を担っていますので、近隣の開業医の先生方との連携にも力を入れています。具体的には開放型病院の連携協議会を一年に一度開いて、当院で行っている治療法を開業医の先生方にご理解いただくための機会をつくり、顔の見える関係づくりを行うことで、信頼関係の構築を図っています。
 また、ITを用いた情報共有のネットワークシステムを2014年4月から導入し、活用しています。このシステムは、患者さんにご同意いただければ、地域の診療所や施設と我々との間で、ご紹介いただいた患者さんに対して当院で施工した画像検査や検体検査などの診療内容や処方内容などの情報を公開して共有することができます。そうすることで、患者さんが当院を退院した後も、かかりつけ医の先生のもとでスムーズに治療を継続していただけるようにしています。そうした取り組みは、かかりつけ医の先生方と当院の信頼関係を一層強くしています。
 また、この地域のように脳神経外科の開業医の先生がいない場合、入院が必要になる患者さんは救急搬送されてくることが多いため、そのような場面では患者さんの既往歴がわかると非常に助かります。例えば、脳梗塞には心原性の脳塞栓症というのがあるのですが、それは心房細動という不整脈が原因となって心臓の中にできた血栓が脳に飛んでしまうことで起こります。そうした場合、もともと不整脈を持っていたのかの情報があれば迅速に対応するために助かります。また、脳卒中は繰り返すことが多い疾患ですので、脳梗塞の既往歴が分かればとても参考になります。ですから電話やFAXなど可能な方法でタイムリーに情報をいただけるように、今後も地域の先生方との連携体制をしっかり構築していきたいと思っています。



地域に多い脳卒中
貴診療科の患者さんに最も多く、また日常でも耳にすることが多い脳卒中ですが、これは具体的にどういった疾患なのでしょうか


出典:公立藤田総合病院
副院長 佐藤 昌宏氏
 脳卒中は脳の血管が原因で起こる脳血管障害です。脳卒中は原因によって大きく分けると虚血性脳卒中と出血性脳卒中の2つに分類されます。虚血性の場合は血管が何らかの原因で詰まってしまうことで脳が障害されます。出血性の場合は血管が破裂してしまうことが原因となります。 
 まず、虚血性脳卒中については、その代表例が脳梗塞で、最初にお話したように脳血管障害の中で最も頻度が高く、当院を受診する患者さんにも圧倒的に多い疾患です。脳梗塞の中にはアテローム硬化性脳梗塞(粥状硬化症)と、心原性の脳塞栓症、ラクナ梗塞という3種類があります。
 アテローム硬化性脳梗塞とは、原因となる血管は頚部内頸動脈や脳内の比較的太い内頸動脈、中大脳動脈、前大脳動脈、脳底動脈などです。血中の脂質が多かったり糖尿病に罹患していると、どうしても血管の内膜が傷ついてしまい、そこに血小板や脂質などが沈着していきます。そうすると、アテロームという粥状の塊が作られてしまう動脈硬化が広がっていき、最終的には血流が止まり、脳梗塞となってしまいます。このため野菜中心の食生活に切り替え、塩分や脂分、コレステロールを控えた食事を心がけることが大事です。
 次に、心原性の脳塞栓症は、非弁膜症性心房細動(※3)という不整脈により、心臓で作られた血栓が脳の血管を詰まらせてしまうものです。そしてラクナ梗塞については、脳の主幹動脈から出ている穿通枝という細い血管が主に高血圧により詰まってしまうものです。ラクナ梗塞に関しては強い意識障害が出ることは多くありませんが、運動麻痺や呂律障害が出てしまうことがあるので、血圧コントロールをしましょうと指導しています。
 また、一過性の脳虚血発作といって、呂律障害や軽い麻痺などの症状が現れても、時間の経過で症状が治まってしまうものがあります。この場合、発作を起こしたあと、脳梗塞に移行してしまう方が約20%程度いると言われており、その移行時期も一週間から一か月以内という比較的早い時期が多い傾向にあります。ですので、一過性脳虚血発作を起こした場合は、必ず病院を受診していただきたいです。


出血性脳卒中についてはいかがでしょうか

 出血性脳卒中には、大きく分けて脳出血とくも膜下出血の2つがあります。脳出血は主に高血圧により脳の血管が破れてしまう疾患です。くも膜下出血も脳の血管が破れてしまう疾患ですが、こちらは脳の表面でくも膜の下にある比較的太い血管にある動脈瘤破裂によって出血することによって起こります。脳出血は高血圧が一番の原因になりますので、血圧をきちんとコントロールすることが必要です。そのためには、高血圧の方はきちんと降圧薬を飲み、高血圧でない方でもご自宅で血圧測定が可能であれば管理をしたり、定期的に検査を受けることが必要です。また、脳出血のリスクファクターとして過度の飲酒が上げられますので、適量の飲酒を心掛けることも大事です。
 くも膜下出血の場合は、ご家族や親族の方にくも膜下出血になられた方がいると、ご本人も動脈瘤を持たれている方が多い傾向にあります。ただ動脈瘤があったとしても未破裂の動脈瘤は無症状である事が多いので、それがあるかどうかはMRIで検査をしないとわかりません。ですから、そうした家族歴があるような方には積極的に脳ドックなどによる検査を受けていただくようにお話しています。
 以上のような脳卒中の一番の発生機序は動脈硬化です。その動脈硬化を促進するものには高血圧、糖尿病、脂質異常症、それから心原性の場合は心疾患、そして加齢等があります。加齢に関しては防ぎようがありませんが、コントロール可能な疾患の管理、また禁煙や適量の飲酒の大切さについては、院内で開催している講演会などでお話するようにしています。動脈瘤ができてしまってもその全てが手術の適応になるわけではありませんし、その全てが破裂の経過を辿るわけではありませんが、日本の人口の約1%ぐらいの方は何かしらの小さな動脈瘤を持っていると言われる程、意外にそのパーセンテージが高いものです。


脳卒中は、1960年代までは日本の死因の第一位となるほど死亡率の高い疾患だったそうですが、今はどのようになっているのでしょうか

 昔は、農村地帯が多かったので、ごはんに漬物という塩分過多の食生活が定番だったと思います。それによって高血圧の方が多くなり、今のように血圧管理に有効な薬剤もなかったため脳出血での死亡率が高かったのです。しかし現在は血圧をコントロールするような降圧薬が開発され、また塩分を控えようという意識が芽生えてきたため、脳出血の発生率が下がり、死亡率も減少してきました。しかし一方で、食生活の欧米化によって脳梗塞が増えてきてしまっているということもあります。特にこの福島県では、厚生省の発表によると脳梗塞による死亡率が高く、女性は全国で1位、男性は5位となってしまっています(H22.都道府県別にみた主な死因別男女別年齢調整死亡率 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/10sibou/dl/sanko1.pdf)。そういう意味では、まだまだ福島県には脳卒中で亡くなる方が多いということは言えると思います。ただ、血圧に関して言うと、高くても症状にはほとんど現れないので、患者さんの中には最大血圧が180mmHgくらいあっても無症状で、「血圧が低いほうが調子が悪いんだ」というようなことを仰る方もいます。しかし何度も申し上げているように高血圧も脳卒中のリスクファクターになっていますので、今、何でもないからといって放置しないで、意識的に改善していくことが必要です。 


ご高齢の方ですと脳の疾患にかかることへ不安を感じている方も多いと思うのですが、そういった方へのアドバイスをいただけますか

 脳卒中もそうですが、いきなり脳が悪くなるということはまずありません。脳卒中の場合であれば、脳の血管が悪くなるわけですが、そうした異常は高血圧や糖尿病、脂質異常症や心臓病などのリスクファクターが悪さを引き起こしています。特に脳卒中は、障害が出てしまう可能性がかなりあります。また、再発率も高いので、一番大切なのは脳卒中にならないようにすること、つまり一次予防です。ですから、まずは普段からのケアが大事で、やはり健康に興味をもち、健康づくりを心がけることが必要です。それは、食生活でも運動でもそうだと思いますし、服薬にしてもそうだと思います。それでは一次予防で何が大切かというと、一番は血圧管理です。それから塩分制限やいわゆるメタボリックシンドロームにならないようにすること。既になっている方は、それをコントロールして、一次予防をすることが最も重要です。 
 ですが、我々のところに来るのは一度脳卒中になってしまった方です。そうした方々は二次予防が必要になります。二次予防で大切なのは、リスクファクターのコントロールはもちろんですが、

出典:公立藤田総合病院
副院長 佐藤 昌宏氏
もう一つは服薬をきちんとするということです。脳卒中になってしまった患者さんは一生降圧薬を飲まないといけないのですけれども、それをわかっていない方がやっぱりいるのです。あるいはわかっていてもご自身の判断で「もう良くなったから、大丈夫だろう」と考えて服薬しなくなってしまう。脳卒中は、65歳以上の患者さんが寝たきりになる一番の原因です。死亡率は下がってきているのですが、その代わりに寝たきりになってしまったり、あるいは認知症になってしまい介護が必要になってしまうので、そうならないように、リスクファクターのコントロールと服薬の継続を守っていただきたいです。




貴院では脳卒中の治療に対してどのような診療体制をとっていらっしゃるのでしょうか

 治療内容については、疾患の原因や患者さんの状態によって異なります。脳梗塞の場合ですと比較的強い症状、例えば意識障害があったり、強い麻痺があったり、失語症があるような状態のとき、発症から4時間半以内であればt-PA(※4)という薬剤を投与する血栓溶解療法を行うことができます。また、一部の脳梗塞には血栓溶解療法だけでなく、カテーテルを用いた機械的血栓除去術(※5)を行う方が良い場合があるのですが、当院ではその治療法を行っておらず、県北地域でも行える病院はあまりありません。そのため、そうした状態の患者さんに対しては、t-PAを流しながらその治療法が行える病院へ搬送するDrip & Shipという脳卒中医療連携の体制を、福島県立医科大学を中心に他病院と協力しながら整えています。
 それから、アテローム硬化性脳梗塞の原因となる頸動脈狭窄症(※6)に対しては、全身麻酔下で頚部を切開し、狭窄している部分の動脈硬化巣を取り除く内頸動脈内膜剥離術を行います。未破裂の脳動脈瘤には瘤内血流を遮断するクリッピング術を行うなどしています。内頸動脈剥離術については、適応のある患者さんには積極的に行っているのですが、どうしても全身麻酔へのリスクがあるような方に関しては、福島県立医科大学や他病院の血管内治療の専門医の先生に来ていただいて、局所麻酔下で足の付け根からカテーテルを通し、狭窄している部分にステントを留置する治療を行うようにしています。また、脳梗塞などを治療したあとに、二次予防として血液をさらさらにする抗凝固薬を服薬していくことになるのですが、それによって慢性硬膜下血腫(※2)ができやすくなる事があります。その慢性硬膜下血腫に対して、穿頭血腫除去術(※7)という手術を行っています。
 それから、脳内出血に対して、以前は開頭手術でやっていたのですけれど、今は福島県立医科大学の先生に手伝っていただきながら、神経内視鏡を使った内視鏡下血腫除去術(※8)を行っています。内視鏡下血腫除去術は、開頭手術よりも手術時間が非常に短いですし、患部を大きく開けずにすみますので、適応をみながら行っています。


脳卒中は発症すると障害が残ってしまうとよく聞くのですが

 脳卒中による障害の頻度は、重症度、出血や梗塞が発生した場所によって様々ですが、その中でも一番多いのは運動麻痺です。それ以外には意識障害、言語障害、失語症、嚥下障害などが起こる可能性があります。例えば、脳出血には好発部位があり、被殻出血や視床出血が多いのですが、そこには手足を動かす神経が近くにあるので、障害されるとかなりの頻度で運動麻痺が出てしまいます。また、多くの方の場合、左の脳が優位半球といわれているので、左の脳に出血すると右半身麻痺と失語症が出てきます。 
 そうした障害を残さないためには、意識の回復していないような重症の患者さんでも、できるだけ早期にリハビリを始めます。そのため当院では理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の指導の下、入院当日、あるいは翌日からベッドサイドでリハビリを始めるようにしています。
 具体的には、運動麻痺で手足をご自分で動かせない場合、そのままにしてしまうと関節の動く範囲が狭いまま固定されてしまいますので、それを予防するために動かすということをしています。また、意識が回復して動けるような方であれば、ベッドの端に座ってみることから始めて、そこから状態が良くなれば起立をする練習をします。さらに起立をしても血圧が下がったり気分が悪くなったりしないような方には歩行練習をしていただくというように、患者さんの状態に合わせたリハビリを指導しています。
 それから、どうしても脳卒中で倒れた方は嚥下障害を起こし、誤嚥性肺炎になってしまう可能性が高いものですから、そうならないよう十分気を付けて対応をする必要があります。この対応について当院では、我々脳神経外科医と、摂食・嚥下機能を専門とする看護師と、言語聴覚士のチーム医療体制をとっています。まず患者さんがきちんと飲み込みができるかどうかをみて、嚥下機能を評価します。そして必要であればすぐにリハビリをスタートします。リハビリは、まず頬のマッサージや口を動かしたりするような間接的なものから始めます。そして患者さんの状態に合わせて少しずつ食事形態を変えながら進めていけるように、必要に応じて嚥下機能の評価を行いつつリハビリを継続していきます。


先生のところでは、脳卒中の障害に対して力をいれている治療法があるそうですね

 最近、力を入れているボツリヌス療法という治療法があります。
 脳卒中の重症度によっては、身体に麻痺が出てしまい、その後に筋肉が異常に突っ張って、例えば、肘や上腕が前胸部に付いたままになったり、指を握ったままで開けない状態になるような痙縮という状態が残ってしまう患者さんがいます。今までそういう患者さんにはリハビリだけを継続していただいてきたのですが、リハビリだけではどうしても痙縮は治りません。痙縮したままですと、無理に動かすと患者さんに痛みが生じますし、衣服の着替えや体を洗うのにも不自由な状態になります。実際に当院に通院していた若い患者さんで、歩行の際に足がかなり突っ張って困っているという話を患者さん本人からもリハビリスタッフからも相談されていました。そうしたことをきっかけに、当院では痙縮で苦しむ患者さんのための新しい治療法として、2014年よりボツリヌス療法を導入しました。導入に当たって治療効果についての話を既にこの治療を取り入れているところなどから聞いていましたが、実際に効果はかなり良好で、当科では導入してから今までおよそ30人に対して治療を受けていただいています。ボツリヌス療法とは、ボツリヌス菌が作り出すボツリヌストキシンという天然のタンパクを有効成分とする薬を筋肉内に注射する治療法です。そうすることで筋肉の突っ張りがやわらいで、指が開くようになったり、肘が伸びるようになります。痙縮などの症状は大体入院から半年くらいである程度は固定してしまいます。そのため当科では、半年程度はリハビリを中心に症状の緩和を目指し、それでも強い痙縮が残ってしまった場合に、患者さんにボツリヌス療法を勧めるようにしています。また、この治療法は薬の効果が3,4ヶ月でだんだん薄れてくるものですから、定期的な注射が必要になります。ただ、治療を継続していくと、注射しなくて良い期間が長くなったり、もう注射をしなくて済むくらいに軟らかくなる、という方もいます。またこの治療法は、20年前に発症した脳卒中が原因で強い痙縮があるような方でも対象になるのですが、四肢の痙縮に対するこの治療法が保健で認められるようになったのが2010年からですので、まだあまり広く知られていません。ですから、そうした症状で長年困っているような方にもまずきちんと情報が届くように、地域の医師や看護師、リハビリスタッフやケアマネージャー、そして患者さんご本人やご家族の方に対しての講演会を最近は行っています。


先生は脳卒中の再発防止のための講演会などもされているそうですね

 脳卒中は再発率が高く、その中でもアテローム血栓症の場合には10年間の累積再発率は約50%ともいわれています。再発を抑えるためには、やはりリスクファクターのコントロールと服薬の継続が必要です。しかし、長く継続するためには患者さん本人だけでなく周囲の人の協力も欠かせません。ですので、ご家族の方やケアマネージャー、介護施設の方や消防隊、警察の方など患者さんの周辺にいらっしゃる他職種の方も含めてご協力いただけるように講演会を行っています。そうしたことを通して、患者さんが服薬をきちんとしているか、あるいは寒いところにずっといたり、暑いのに全然水分を摂らなかったりするような家庭環境になっていないか、それから食生活に問題はないか、といったことを注意して見守っていただくようにしています。また、もし発作が起きてしまったときは、すぐに救急車を呼び、ご家族がその場にいるなら一緒に病院を受診するようにしてもらうよう呼びかけています。一番わかりやすい症状としては顔が左右対称でなくなったり、どちらかの手が上がらなくなったり、ろれつが回らなくなったりといったことですので、もし周りの方にそうした症状が現れたら、一時的に改善したとしてもすぐに病院を受診させるようにして下さい。
 ただ、そういったことよりも一番大事なのはやはり脳卒中を未然に防ぐことですので、まずはリスクファクターを抑えていけるように地域全体で協力していきたいと思っています。



高齢化地域に必要な脳神経外科医とは
貴診療科でこれから力を入れていきたいことなどについて、お願いします

 出来るなら外科的な治療に特化していきたい気持ちはありますが、地域医療における脳神経外科医は、脳外科を専門的にできることは当然として、全ての臓器をきちんと診られるようでなくてはいけません。特に救急の患者さんを診る場合に、患者さんは「私は何科です」と言って来ることはなく、「頭が痛い」「お腹が痛い」と訴えることはあっても、その原因は様々です。我々脳神経外科医は初期診断で頼られることが多いですので、その痛みや苦痛をちゃんとわかってあげられて、正確な診断ができる必要があります。これから地域の脳神経外科医を目指すような方にも、そうしたことがきちんとできる実力を身につけられるような勉強をしていただき、この臓器だから診られないというのではなく、ちゃんと医師として総合的に診られるような、そういう医者になって欲しいと思っています。当院で研修を受けている方にも、当科に回ってきたときや日直や当直を一緒に行うときにそれを目指せるような指導を行っています。
 そうした中で治療については福島県立医科大学の先生などにご協力いただきながら、最近では神経内視鏡下の手術や血管内治療にも力を入れて進めています。また、先ほど申し上げました痙縮に対するボツリヌス療法についても、その先にはやはり外科治療がありまして、一部の神経を出して痙縮の原因になっているところを切断するという機能的脳外科治療にも、勉強していきながら今後取り組んでいきたいと考えています。



※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
佐藤 昌宏 氏 (さとう まさひろ)

役  職 (2015年6月1日現在)
 公立藤田総合病院 副院長

卒業大学
 福島県立医科大学

専門分野
 脳神経外科

資 格 等
 日本脳神経外科学会 専門医  

経  歴
 福島県立医科大学 卒業
 福島県立医科大学脳神経外科
 公立藤田総合病院脳神経外科

 公立藤田総合病院
 〒969-1793
 福島県伊達郡国見町塚野目三本木14
 TEL:024-585-2121(代)
 FAX:024-585-5892
 URL: 公立藤田総合病院ホームページ
 




◆用語解説◆

※1 正常圧水頭症(NPH)

1965年に米国の医師アダムス、ハーキムらによって報告された疾患で、主症状は精神活動の低下(痴呆)、歩行障害、尿失禁の3つとされている(三徴候)。脳室に過剰な髄液が貯まることで脳が圧迫され、それによって症状が現れるが、髄液の流れをよくする手術(髄液シャント術)によって改善することが可能。

※2 慢性硬膜下血腫

頭部に軽い外傷を受けたことにより、頭蓋骨の下にある硬膜と脳との間に1,2ヶ月かけて血腫が形成され、脳が圧迫される疾患。症状は数週間の無症状期を経て、頭痛や嘔吐、片麻痺や失語症、精神障害など様々な神経症状が現れる。基本的な治療法としては外科的治療が推奨されている。

※3 非弁膜症性心房細動

心房は安静時に通常1分間60〜100回拍動するが、加齢などにより1分間に300回以上不規則に拍動する状態を心房細動という。心房細動には心臓の弁が原因で起こる弁膜症性心房細動と、それ以外の原因で起こる非弁膜症性心房細動がある。心房細動全体では高齢化と共に患者数が増加し、2030年には患者数が100万人を突破すると予想されている。

※4 t-PA(tissue-plasminogen activator:組織プラスミノゲン活性化因子)

身体中に存在する、血栓を溶かす作用を持つプラスミノゲンという酵素の作用を増強する酵素。1995年に米国で行われた大規模な臨床検査によって効果が証明され、日本では2005年に使用が認可された。しかし血栓を溶解する効果が非常に強いため、投与には十分な注意が必要とされている。

※5 機械的血栓除去術

脳梗塞の患者に対して、脳血管を造影し、閉塞している血管を確認後、カテーテルを用いて患部の血栓を絡め取ったり吸引することで除去する血管内治療。2010年に国から認可された。発症から8時間以内の脳梗塞患者が対象となる。

※6 頸動脈狭窄症

脳に栄養を送る内頸動脈が動脈硬化の進行によって狭くなる疾患。脳の血流が足りなくなるだけでなく、狭窄した血管壁の一部が剥がれ、それが血栓となり血管を塞栓してしまう可能性もある。治療には内科的治療と外科的治療、血管内治療がある。

※7 穿頭血腫除去術

慢性硬膜下血腫に対する外科的治療法。頭皮に小さな切開を行い、頭蓋骨に穴を開け、そこにチューブを差し込む。そしてそのチューブから貯まった血腫を排出する。

※8 内視鏡下血腫除去術

福島県立医科大学 医学部 脳神経外科のHPをリンク
https://www.fmu.ac.jp/home/ns/senmon.html#sinkeinaisikyou
<<戻る
2016.01掲載号~ 2014.10~2015.12掲載号 2013.07~2014.09掲載号
2012.04~2013.06掲載号 2011.09~2012.03掲載号